「―――むなしいぜ……！」


それは、彼の一言から始まった。
金色の髪を靡かせ、腕を組み壁に己の体重を預けた彼は続ける。
「ときめきが足りないぜ……」

「……北川、おまえ拾い食いでもしたのか？」
“彼”こと北川潤に、やや呆れた様子で声を掛けたのは友人である相沢祐一。
「むなしいものはむなしいんだよ……相沢、お前、何かときめく事……知らないか？」
三白眼に構えて、覗き込むように祐一に詰め寄る潤。
どうやら、彼の最近のマイブームは“ときめき探し”らしい。

「知るかバカさっさと香里に告白して玉砕でもすれや」
祐一が息継ぎ無しに言い放ち腰にベルト――銀色の腹巻にも見える――を装着したのと、潤が左手のブレスレッドを構えたのはほぼ同時だった。






数分後。
「……とまあ、冗談はさて置いてだ。何か楽しい事に心当たりは無いかね同志アイザワスキー」
何事も無かった様に極めて慇懃に、そして典雅にロシア式で話を戻す潤。
「ンなもん有るんだったら、こうして男二人でグダグダやってねーっちゅーのーっ」
下らなそうに手元の単行本を閉じ、肩肘付いたまま応対する祐一。
「美坂も水瀬も遊びに行っちまってるから、マジでやる事ねーな」
「だぁなぁ……せめて女っ気でもあればそこそこには楽しいのになー」
見事なまでにダメ男子高校生を体現する二人。放って置けば押入れの中で熟成されたパンツの様にキノコでも生えてきそうな勢いだ。

と。
「祐一さん、北川さん、お昼の時間ですよー」
階下から家主の声がする。
「折角だから昼飯呼ばれてけよ、どうせ家に帰ってもカップ麺だろ？」
「だな……」
よっこいしょ、とあぐらを崩して立ち上がる潤。
一方の祐一も欠伸をかましつつ頭ボリボリ、腹ボリボリ。親爺臭さ炸裂にも程があるといえよう。

で。
「今日のお昼はちょっと手を掛けてみました」
と、秋子さんが二人に出したのは手作りラーメン。具はもちろんスープ・麺も手作りだ。
「秋子さんのラーメンって、本当にご馳走って感じするなぁ」
『ご馳走』、それは高価な食材を使えば良いと言うものではない。
食べる相手の喜ぶ顔が見たいが為に、如何なる努力を惜しまない事が大事なのだ。

―――不意に、潤が動いた。
「この香り……ときめくぜ！」
「あ？ 香里？ 何処だ？」
「そうじゃぁない……この芳醇な馥郁たるスープのアロマ……只事じゃなくときめくぜ！」
胸一杯に湯気を、香気を吸い込みうっとり極まりない光悦の表情を浮かべる。
「それだけじゃあない！ ……この麺も！」
袖を捲り、口に咥えた割り箸を一息に、いなせに割って指で一回転、麺を一つかみ口に運び、啜る。
「このコシ、歯ざわり、茹で具合……最高にときめくぜ！」

「……北川、お前本気でアタマ大丈夫か？」
「あらあら、そんなに喜んでもらえると嬉しいわね」
げんなりと顔に縦線を疾らせる祐一に対し、にこにこと菩薩顔を湛える秋子さん。

止まる事無く、留まる事無く、忙しく箸を走らせ、麺を啜り丼から直にスープを飲み―――食い尽くす。
潤は、極めて爽やかに丼と箸をテーブルに置き、両手を合わせて一礼。
そして、秋子さんに向かって土下座から衝撃の一言を放った。


「秋子さんッ！ オレに…オレに…」

「ラーメンをご教授願いますッ！！」



トリビアを聞きながら


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