――行く気なんて、最初は全然無かったはずなのに。
でも、"あの子"の為だから。例え自分の事を犠牲にしたって、それは仕方のない事だよね。
"Koukai Dreamer"
1.
ガラスの向こうで、次々に現れては通り過ぎていく見知らぬ景色。
相変わらずどこに行っても元気なのは、ハンバーガーや牛丼などで馴染みのお店だけ。
遠くに見えていた山々が、いつの間にか随分と大きくなったように感じる。窓の外に目立った人工物も無くなり、収穫も済んで積み上げられた黄金色の稲穂が畑の所々で煙を上げていた。
あたしはこの風景を見ると、どうしても運動会を思い出してしまうのだけど……自分の感覚で言えば、今はもう運動会には少しだけ時期外れ。
暦はどこに行ったって一緒だけど、そこに住んでる人々は違う。場所が違えば、環境が違ってくるのは当たり前だから。
窓の向こうに住んでいる人達は、一体この風景を見て、何を連想するのだろう？ そんな何気ない疑問で自分の考えを紛らわせた。
"旅行なんて行きたくなかった" 等と余計な事ばかり考えていれば、只でさえ億劫な脳は簡単に思考を停滞させてしまうから。
この景色を見て、感じられる事はもっとたくさんあるはずなのに。
一、二回首を振って思考を仕切り直した後、もう一度窓の外に目を凝らしてみる。
バスが前に進むたびに動いてく雲、空一面に広がる統一性の欠片もない造型。それは何故か、澄み切った青空よりも美しく思えた。
雲が動いているのは、自分たちが前に進んでいるからだけじゃない。畑を区画する緑の雑草が、さざなみのような小さいうねりをあげて、外に吹く風の存在を鉄の壁一枚向こうにいるあたしにも伝えてくれる。
窓の外に吹いているのが、自分の全く知らない風なんだって思うと。その風が自分の中のモヤモヤを吹き流してくれたような気がした。
あたしは、ポケットから取り出したカメラのシャッターを押した。
大きな荷物は全部座席下の倉庫みたいな所に預けてしまうから、荷物の整理をしてる時、とっさに機転が利いて良かったと思う。
"シャッターチャンスには、いつめぐり合えるか解らないですよっ"
そんな、あの子の言葉を思い出せたから。あたしはいつでも風景を残せるよう、カメラをポケットの中に移し変えたんだっけ。
直前に目的地を控えた時独特の高揚感やら、ただの疲れやらで一時の沈黙を迎えていたバス内が、急にざわめきを取り戻す。
いくらか山道を登り、ようやく目的地に着いたようだった。道中やたらウネウネした道で車酔いを誘ってた所を見ると、思ったより高い所まで来たらしい。
でも、どうせそこに着いたからって。どこか観光するならともかく、やる事はジャージに着替えて体洗って寝るだけ。何にも興味の湧く事なんてないんだけどね。
2.
「ねえ……美坂さんが居ないんだけど」
「タバコでも買いに行ってるんじゃない？」
「ありえるー、いかにもワケ解んない行動してそうだし」
丁度、共同のお風呂を終えた所だった。面倒くさいとばかり思っていた旅先のお風呂はそう悪い物でもなく、ちょっと気分を良くして部屋のふすまに手を掛けた途端、あたしの耳に飛び込んで来たのがこの会話である。
人の裸なんか見たくもないし、見られたくもなかったから、あたしは指定の時間ギリギリで入浴した。そしたらこんな話されてようとはね。
そのまま無視しても良かったんだけど、それって何だかシャクだし。無言でふすまを思いっきり開け放ってやった。
ジャンケンまでして、班決めで余ってたあたしを快く迎えてくれた班員さん達への、せめてものお礼になればいいんだけど。
「あ……えっと」
言い訳したがってる雁首を尻目に、あたしは自分の荷物の所へと向かった。
使った歯ブラシを専用の袋に梱包し、風呂場で身支度は済ませて来たけど、もう一度濡れた髪を新しい串でとかす。
「外、行ってくるから。先生来たら適当に宜しく」
何となく、外の風に当たりたくなる。こいつらのせいで空気がとっても悪くなってしまったから。
お堅い学校の旅行なんかで当然外出など許されているはずもないが、そんなルール自体がバカらしくなってしまう。
宿舎の中を歩き回る事ですら、先生の目くじらを吊り上げてしまう始末だ。許された自由と言えば、せいぜいお土産を買う名目で、ロビーにて雑談に興じる程度。
「あ……はい。ごゆっくり……」
とりあえず、最低限守るべき事柄って事で"就寝"まではまだまだ時間がある。
後は、誰かに迷惑さえ掛けなければ。どうだっていい――
――――
「何、アレ」
「知らない。チクる？」
「止めとこ。そんなコトしたら、私達まで連帯責任とか言われそうじゃない？ 無視無視ー」
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