ＮＥＶＥＲ ＴＯＯ ＬＡＴＥ
７月・・・３年の授業もようやく慣れてきたこの時期。
前の席の子からプリントが渡された。
「・・・意識調査ね」
それは進路についての意識調査の紙だった。
そういえば、この前クラスの男子の１人が就職内定を貰ったと言っていた。
その時は『早過ぎない？』と思っていたが、そうでもないようだ。
考えたらあと８ヶ月・・・休みを抜いたら６ヶ月くらいで卒業だ。
なんだかこの前先輩の卒業式をみたいような気がする。
光陰矢のごとしとはいうが今こそのこの言葉が似合う気持ちは無いだろう。
「進路・・・か・・・」
進路なんてまったく考えていなかった。
栞の病気が治って、医者になる夢というのも薄れてきた。
医者というのは本当になりたい夢ではなかったようだ。
ただ、栞の病気を治せなかった自分を許せなかっただけかもしれない。
「なあ香里、どうする？」
少し離れた席から相沢君が話し掛けてきた。
多分、進路のことだろう。
彼も決まっていないようだ。
「相沢君は進学にするの？」
「ああ。特にやりたいこともまだ無いしな」
大学で色んなことを学びたいしな、と彼は続けた。
普段はボケーっとしている彼でもしっかり自分のことを考えている。
「香里はどうするんだ？」
「それが・・・」
何も書かれていないプリントを彼に向ける。
すると彼は苦笑して、
「まあ、そうだよな」
と言った。
「まだ、実感無いんだよな」
「ええ」
実感が無い・・・まさしくそうだった。
もう３年生で、来年にはみんなバラバラになってそれぞれの夢を追いかける。
それ自体があまり考えられないことだった。
まるで遠い未来のことのような感覚だった。
「香里は何になりたいんだ？」
「・・・わからないのよ」
先生から進路の話があるたびに色々考える。
大学に行くのも就職をするのも、なんだかどちらでもよい気がする。
別段、したいことも無いし、したくないことも特に無い。
もちろん、ホステスとかそういうのは別だが。
「じゃあさ・・・俺と一緒の大学行かないか？」
「相沢君と一緒に？」
相沢君の志望校はここら辺でもっとも大きな大学。
大きいといっても、そんなに勉強しなくても入れる大学だ。
確か６つくらいの学部があって、設備もいいときいている。
「ああ、結構いいとこだったぞ」
オープンキャンパスにでも行ってきたのだろうか？
相沢君はパンフレットなどをあたし席まで持ってきた。
「へえ・・・」
数ページパラパラと開いて見てみた。
最近改装したらしく、学校の外観はとても綺麗だった。
体育館や食堂も結構広く、とても明るい雰囲気だ。
「サークルも結構あるしな」
言われて、そのページを開いてみる。
計４０近くの運動系と文科系のサークルの紹介が乗っていた。
「相沢君はサークルに入るの？」
「う〜ん、サッカーとかやってみたいかな？」
彼は体育の時間、どのスポーツに関してもすごく活躍している。
１年生の時からこの学校にいたら運動部のスカウトを受けているだろう。
実際、２年時の球技大会は彼の活躍でうちのクラスが優勝している。
「まあ、取り敢えず選択肢の中にいれといてくれよ」
「ええ、ありがとう」
「じゃあ、それ持っていっていいから」
そう言い残して彼は自分の席に戻っていく。
１０分ある休み時間ももう１分程度しかない。
「・・・・・・」
あたしは相沢君から貰ったパンフレットを眺めた。
学部、設備、求人状況・・・サークル紹介の所で指が止まった。
「文芸部か・・・」
そういえば昔、小説家になりたいって時期があったのを思い出した。
自分の書いた字で、自分の気持ちを相手に伝える。
そんな仕事に憧れていた時があったのだ。
「また・・・書いてみようかな」
中学の時、１度試して書いてみた小説。
１人の女の子が織り成すラブストーリーなのだが・・・
なにせ恋愛をしていなかったため、途中で書けなくなった。
例え書けたとしても妙に変なものに仕上がっていたのだ。
あたしはそれを机の奥の方に閉まった。
いつか続きを書こうと思っていたのだが、栞のことがあって忘れてしまっていたのだ。
「相沢君と大学・・・」
それもいいかもしれない。
やりたいことを焦って見つけるのもなんか変だ。
第一そうやって見つけた夢は長続きしないものだ。
ブブブブブブブブブブ
ポケットの中で携帯が震える。
３年生になって、親が買ってくれたものだ。
ピッ
どうやらメールが来たらしい。
まだ慣れていない手つきでメールを開く。
『ＮＥＶＥＲ ＴＯＯ ＬＡＴＥ』
送信者は相沢君。
どうやら今送ってきたらしい。
「遅すぎることは無い・・・か」
そうだ・・・人生はまだまだ長い。
今の選択肢が間違いだったら・・・修正すればすむことだ。
今、やりたいと思うことをしよう。
後悔するのはその後でもいいはずだ。
あたしは相沢君に『ありがとう』とメールを送った。
「ここで決まりね」
意識調査のプリントに大学の名前を書く。
もちろん先ほど相沢君に紹介された大学の名だ。
学部も、１番あたしにあっていそうな場所にする。
「ふふ・・・なんだか楽しみ」
進路が決まってホッとしたのか、思わず笑みがこぼれる。
２人で大学に合格したら相沢君に言おう。
『あの時はありがとう、これからもよろしくね』
そして・・・
『大好きです』
と・・・
ＮＥＶＥＲ ＴＯＯ ＬＡＴＥ
〜することに遅すぎることは無い〜
あたしはこれからも・・・挑戦しつづける。
勉強も、趣味も・・・恋愛も。
そしたらあたしはもっと強くなれる。
相沢君に見合うくらいに、ね。
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