初めて会ったときは、親友の従兄。
「あたしは遠慮しておくわ、相沢君」
二度目に会ったときは、お節介なメッセンジャー。
「なあ、栞って……お前の妹じゃないのか？」
そして三度目に会ったとき。
「あの子……何のために生まれて来たの……」
彼は、
「俺は……栞を笑わせてやりたい。そして、それ以上に……」
雪の切れ間から、南風に乗ってやってきた彼は、
「香里……お前を、笑わせてやりたいよ……」
あたしが縋った、あたたかなひとは、
「惚れた女の泣き顔なんて、見たくない。……そんなの、当たり前だろ」
初めて、あたしの前で真面目な顔を見せたように思う。
その夜、美坂香里と相沢祐一は、お互いが出会ってから、そして人生においても初めてのキスをした。
ふたりを眺めるように降り積もる、粉雪のようなキスだった。
スキスキスKiss!!
あたしの朝は、大抵は平穏に訪れる。
白いカーテンを透かす朝陽に目を細め、ゆっくりと身を起こす。
そして、隣で眠る愛しい人を見下ろし、ほっと一息。
「あなたは、ちゃんと居てくれるのね」なんて、バカな独り言なんか言っちゃって。
軽く自己嫌悪するのも、毎度のこと。
つまんないこと言ったお詫びに、寝ている彼の鼻先に、突付くようなキスをする。
ただ触れるだけの軽いキス。
あたししか知らない、彼への目覚めの挨拶。
もちろん、その程度で起きてくれる彼じゃない。
だから、あたしは調子に乗っちゃう。
両頬に連続でキス。おでこにキス。
ちゅ、ちゅ、ちゅ、と三連発。
微かに反応を示す彼は可愛い。
このまま、もっともっとキスしたい。
でも、唇には触れないの。
ここは、正々堂々と奪う主義だから、ね♪
さて、彼が起きる前に、朝食の支度をしてしまおう。
最近知ったことだけど、彼は寝起きを紅茶の香りで迎えられるのが好きみたいだから。
キッチンは奥さんの職場、と言うけれど。
今のあたしにとっても、ここは職場よね。
ベーコンに火を通して、スクランブルエッグも準備完了。
紅茶は既にポットに入れてある。
トーストもあと一分で焼けるし。
朝から二つのフライパンを使うのはちょっと疲れるんだけど、あまり気にならない。
だって、祐一のためだからね♪
なんて、我ながら存分に腐れ切ったことを考えてると、キッチンに侵入者があった。
侵入者とは言っても、待ち人でもあるのだけど。
とにかくその人は、軽く伸びをした後、あたしに向かって言った。
「んー、おはよう、香里……」
その台詞、全部は言わせてあげない。
言い終わるより早く、あたしは彼の胸に飛び込んでいた。
首に手を回し、飛びつくように抱き付いた。
そして、奇襲気味に――毎朝恒例ではあるけれど――キスをした。
奪うような。襲っちゃうような。
そのくらい、積極的なキス。
だって、起きてからずっと御預けだったんだもん。
これくらい、許されるわよね？
あたしの唇で、彼の柔らかい唇を啄ばむ。
朝食より先に、彼の唇を食べてるみたい。
されるがままだった彼も、やがて行動に転じる。
あたしの頭を押さえて、自分からも唇を動かすの。
朝っぱらからキッチンで、いきなりキス。
しかも、ちょっとだけディープなキスで、ちょっぴりエッチ。
なんだか、昔のあたしからは想像できない光景よね。
でもいいの。あたしはこれが幸せだから。
朝の匂いが漂うキッチンで、あたしと祐一はキスを続けていた。
相沢祐一と美坂香里。
同棲生活三ヶ月目の二人の朝は、大体こんな感じだった。
……余談だが、卵とベーコンはすっかり焦げていた。
あたしたちが高校を卒業し、同棲生活を始めて二ヶ月が過ぎた。
それは、あたしたちが出会って一年と四ヶ月ということだ。
十六ヶ月でここまで進展するのが、速いのか遅いのかは知らない。
でも、あたしにとって彼と過ごした十六ヶ月、特に最初の一月は、決して短くなかった。
いや、長すぎたと言ってもいいくらいだと思う。
初めて会ったときの彼の印象は、親友の幼馴染、というだけのものだった。
なかなか面白い人かな、とは思ったけど、異性として意識するタイプじゃなかったと思う。
むしろ、名雪の同類だと想像してて、最初は珍獣の一種だと思ってたからね。
いつ頃から彼のことを意識するようになったかは解らないけど、栞のことが一つの転機になったのは間違いないと思う。
美坂栞。あたしの妹。
不治の病に倒れた彼女の心に光を差し込んだのは、十六年間一緒に生きて来た姉のあたしではなく、彼だった。
あたしといえば、その現実から目を背けて、あろうことか栞まで無視するようになっちゃってた。
まったく、ひどい姉よね。
あたしが栞の立場だったら、完全にグレてたわね。
盗んだバイクで夜の街を爆走したり、校舎に忍び込んでガラス窓を割ったり。あたし十五歳じゃないけどね。
……そんなあたしのことを許してくれた栞は、もしかして凄い大人なんじゃないかと思う。
でも、それも彼の、相沢祐一のお陰なんだろうと思う。
一時は自殺まで考えたという栞を立ち直らせてくれた、あたしたちの恩人。
……本人は、自分がしたいようにやっただけだ、と言ってたっけ。
……まったく、風のような人だと思う。
自分勝手で、気紛れで、掴み所がなくて。
でも、時に涼しく、時に暖かく、あたしたちを包み込んでくれる、優しい風。
思えば、あたしが彼に惹かれたのは、そんな妙なところだったのかも。
ふふ。あたしも、よくよく趣味が悪いわね、まったく。
「美味しい？」
「この有様でそう言えるお前は、ある意味、豪胆だな」
元が何だったのか判然としない姿になってしまったベーコン（らしきモノ）を前にして、憮然の表情で答える祐一。
もう、気が利かないんだから。
こういう時は、お世辞でも「美味しいよ、香里の作ったものなら何でも」って言ってくれるのがスジってモンでしょうに。
普段は無駄に頭の回転が速いくせに、こういう時に限って機転が利かないわねぇ。
「余計なお世話だ」
「……何で解ったの？ 祐一ってエスパーだったっけ？」
「口に出てた」
うわちゃ。またか。
まずいわね……あたし最近、思ってることを無意識の内に口に出してることがあるらしいのよ。
祐一の癖が移ったかしら？
こういうの、朱に交われば赤くなる、って言うのかしら？
いやいや、門前小僧習わぬ経を読む、ってのも皮肉が利いてて良いかも知れない。
「……お前、また変なこと考えてるだろ」
「む、随分な言い草ね。言っときますけど、あたしをこんな女にしたのは、祐一なんだからね」
カリカリを通り越して、ヒビだらけの石みたいになってしまったベーコンを放り込む。うん、こりゃ不味い。
この食卓で唯一マトモなトーストに手を掛けたところで、紅茶のカップをソーサーに戻す祐一と目が合った。
何故か、顔が赤かった。
その様が何だか可愛かったので、トーストを切ってあげるついでに、鼻先にキスをした。
「今日の講義、午後からだっけ？」
ソファで紅茶の残りを飲みながら、祐一が言った。
あたしは、呆れた顔で答える。
「自分の取った講義、覚えてないの？」
あたしたちは一緒の講義を取ったから、自分のを覚えてれば必然的に相手のも、となる。
ちなみに、今日は午前の講義は取っていない。
「いや、もしかしたら勤勉な香里のことだから、朝一番から行く可能性も無きにしもあらずと言えなくも無いとは限ら」
「行きたいの？」
「……まさか」
「でしょ？」
最後の一口を飲み干す。
カップをソーサーに置いて、ふっと一息吐く。
その横顔は、いつになく深刻そうで。
どうしたのかと思っていると、祐一の方から口を開いた。
「なあ、香里」
なに、と答えた次の瞬間。
あたしは、祐一の腕に引き寄せられていた。
「んっ……んぅ、ん……」
祐一から、頭を押さえ付けてのキス。
それも、蕩けるような、甘くて、濃厚なキス。
唇と唇を、舌と舌を絡ませ合う、芳醇なキス。
もう、祐一ってば、相変わらず唐突なんだから。
不意打ちのキスに、あたしは弱い。
シチュエーションとか、雰囲気とか、全然考えないくせに。
いつも、これで酔っちゃう。蕩けちゃう。
殆ど反則だけど、許してあげちゃうわ。
だって、あたしはそんな祐一が好きなんだから。
そのまま、たっぷり数分は絡み続けて。
やっと解放してから、にんまり笑ってこう言った。
「さっきのお返しだ。参ったか」
なんて、子供っぽい、悪戯じみた顔で。
バカね、まったく。
そんなこと張り合っても、仕方ないでしょうに。
でも……やっぱり、そんなあなたが大好きよ。
そう言って、三度、あたしからキスをする。
「あのね。栞、好きな人ができたんだって」
ベッドの上で彼の腕の中に抱かれながら、思い出したように言う。
……いや、本当に今、思い出したのだ。
別に、タイミングを計ってたわけじゃない。
「ほう、栞が。めでたいな」
「ま、あの言い方から察すると、まだ片思いみたいだったけど」
「そっか。でもまあ、大丈夫だろ。栞、可愛いし」
「どうかしら？ あの子、ボーっとしてるし。結構、毒の強い性格だし」
「大丈夫だって。栞は魅力的な娘だよ」
「あら、随分と栞の肩を持つのねぇ？ 元カレの相沢君？」
「一週間だけのな。……ついでに言うけど、あの時はホントに何もしなかったんだぞ」
「はいはい。そーゆーコトにしといてあげるわ」
「うわ、気の無い返事……あのなぁ」
「あーあー。いいわよねぇ、栞は。夢だったドラマみたいな恋愛できて、過去の人になっても褒められて。
あたしなんて、ファーストキスは死ぬほど寒かったし。最近は褒められることも少ないし。あーあ」
ごろんと転がって、彼に背を向ける。
それを追うように、あたしの右肩にかかる彼の右手。
自分の一部と錯覚するほどに慣れ親しんだ、彼の手。
その無骨な手であたしの肩を抱きながら、ぽつりと呟く。
「だって……栞は、お前の妹じゃないか。……当たり前だろ？」
魅力的に決まってるだろ――そう付け加えた。ように聞こえた。
あたしは、くすりと笑う。
まったく、不器用なんだから。
「今の解答まら、五十点ね」
「厳しいなぁ……じゃ、どう言えば満足かな？ 俺の我侭な姫君は」
「ご自分でお考えあそばせ、王子様」
くっくっ、と笑いを噛み殺す。
うん、悪くない。こんな空気。
さて、どう出ますかね。
あたしの可愛い王子様は。
「……『香里の方が綺麗さ』……かな？」
「んー……悪い気はしないけど、六十点ね」
栞より綺麗だなんて、当たり前のことで褒められても嬉しくないわよ。
……そういえば栞は、ちょっとは成長したのかしら？
あたしは、相変わらずチンチクリンに千円賭けるけど。
「……『栞のことは遊びだったんだ』……とか？」
「こら、それじゃ０点よ」
彼の手を抓りながら、こめかみに血管を浮かせる。
冗談だとは解ってるけど、言って良いことと悪いことってのがあるでしょうが、まったく。
「悪い悪い」
すっ、と伸びる手。
彼の右手が、あたしの左肩に触れる。
そして、ゆっくりと引っ繰り返された。
「あ……」
思わず声が出る。
文字通り、目と鼻の先にある彼の顔。
優しく結んだ唇も、目尻の垂れた大きな眼も、全てが愛しい。
力強く熱い肉体も、手に内にこもる温もりも、全てが恋しい。
じっと見詰める彼の眼。
思考回路が脇道に逸れまくって正常に動かない。
身体が熱い。熱病って、こんな感じなのかしら。
喉が乾く。砂漠に丸三日も放置されれば、こうなるのかも。
心臓が、ボクサーのラッシュみたいに馬鹿げた速さで踊ってる。
抗う手段を全て奪われたあたしに、祐一は呟くように言った。
「……お前のことが、世界で一番大好きだよ、香里」
そして、キス。
あたしを根こそぎ奪おうとする情熱的なキスに、あたしは、されるがままだった。
もう、何も出来ない。考えられない。
あたしがドロドロに溶けていく。
もうダメ。あたし、祐一がいなかったら、絶対麻薬中毒者になってるわ。
これほどの快楽が、クスリごときで得られるのかは解らないけれど――
祐一の唇が、あたしから離れた。
ゆっくりと距離を取り、また、あの笑顔を見せた。
「……ってのはどうだ。これなら良い線行ってるだろ？」
と、言いながら。
一瞬、何のことか解らなかった。
先程の続きだと理解するのに、一秒以上かかっただろうか。
……やれやれ。勝てないわね。
苦笑と、愛情と、歓喜と。
とにかく色々な感情をこめて、取り敢えずあたしは笑った。
それはもう、満面の笑みで。
「うん。それなら百点♪」
『……でね、今日は一緒に帰ったんですよ。途中から道が違うのが残念だったけど』
センパイと一緒に下校なんて、ドラマみたいですよねー、なんて、電話の向こうで栞が言っている。
あたしは、適当に相槌を打っておいた。
「……ああ、良かったわね。で、そのカレとはドコまで行ってるの？」
『ど、どど、ドコまでって！ ヘンなこと訊かないで下さい！』
「ヘンなことかしら？ 愛する妹が上手くいってるか知りたいのは、姉として当然でしょ？」
『ものすごく邪推されてる気がしますっ！』
「あら、そーゆー意味で訊いたんだけど」
『な、な……そーゆーのじゃ無いです！ えっちっち〜な、お姉ちゃんと一緒にしないで下さい！』
「あんたも言うようになったわね……それじゃまるで、あたしがエッチなことしか興味の無いバカ娘みたいじゃないの」
『否定できるんですか！？ どーせ祐一さんにエッチなことされてるんでしょう！ してるんでしょう！？』
「ああ、それは心配しなくていいわよ。……たっぷりシテもらってるから」
『えぅ……っ！ そんなこと言うお姉ちゃんは嫌いですぅ〜！！』
なおもギャースカ吼えまくる栞。
やかましいことこの上ない。
ただでさえ、長距離通話で料金が気になってるのに。
「栞」
『なんですか』
「成長したわね」
『え、う、えうぅ？ どーしました、お姉ちゃん。急に？』
「……別に。何となく、嬉しくてね」
『お姉ちゃん……？』
「栞。女の子はね、恋をすると強くなるの。聞いたこと無い？」
『よく言いますよね。やっぱり本当なんですか？』
「本当よ。具体的に言うと、普通の女の子がレベル１、恋をしてる子がレベル２、恋が成就した子はレベル３ってトコかしら」
『むー、さりげなく自慢してます？』
「当然ね。あたしと栞では、スーパーサイヤ人とクリリンぐらいの差があるのよ」
『何ですかその無茶苦茶な差は！ レベル一つ分で開きすぎです！！』
「なんなら、元気玉のオプションも付けるけど」
『悟空の借り物じゃないですか！！ 結局ベジータは倒せなかったし！！』
再び、ギャースカ吼えまくる栞。
私はピッコロさんが好きなんですよー、だの煩くて仕方が無い。
そういうのがまた可愛いんだけど、気付いてないんでしょうね。あのコは。
「……栞」
『……何ですか』
「……頑張ってね」
『お姉ちゃん、キレイにまとめようったって、そうはいきませんよ』
む、バレたか。
さすが、あたしの妹ね。
でもね、栞。
「あたしは本気で言ってるのよ。がんばりなさい、栞」
『お姉ちゃん……？』
「あんたが好きになるなら、良い人に決まってるから。だから、がんばれ」
『……』
「良い男つかまえて、あたしを見返してみなさい。でないと、一生自慢し続けてやるんだから」
『えぅっ、そう来ましたかー！？ むー……いいでしょう。勝負です、お姉ちゃん！！』
「ええ。うまくいったら教えなさい。いつでも会いに行ってあげるから」
そしてからかってあげるから、とは流石に言わない。
ありがたいことに、栞がそこまで読み取ることはなかった。
『うん……ありがとう、お姉ちゃん。私、がんばる』
「うん」
『絶対、センパイをゲットして、お姉ちゃんと祐一さんに自慢してあげます』
「うん」
『だから、お姉ちゃんも、それまでは祐一さんと別れちゃダメですよ』
「ええ、それだけは全力で保証してあげるわ」
何度目になるのか、あたし達は同時に笑った。
栞の笑顔がはっきりと目に浮かぶような、朗らかな笑い声だった。
結局その日は、陽が沈むまでの三時間、たっぷり話し込んでしまった。
……月末の請求書が怖いわね。
「お帰りなさい、祐一♪」
「おう」
バイトから戻った祐一に飛び掛ってキスをする。
もう何度目になるのか解らないけど、また違う味がしたのは確かだった。
「御飯にします？ それともお風呂？ ……それとも、ア・タ・シ？」
「…………」
「……何か言ってよ」
「……ごめん、すごく似合わない」
ううう、満面の笑顔とラブリーな声をもってした、完璧な計画だったのに。
……やっぱり、あたしって知的なキャラしか似合わないのかしら？
こればかりは、栞に一歩譲らざるを得ないようね……ぐすん。
「ま、それは置いといて……夕飯、出来てんだろ？」
「あ〜ん、無視しないで〜」
さっさと中に行ってしまう祐一の腕に抱き着く。
ぎゅっと抱き締め、さりげなく胸を押し付けておくのも忘れない。
「な、何だよ？」
「あのね……実は、また栞から電話があったの」
「あ、そう」
「でね。彼氏が出来たら自慢してやるから、その時は帰って来いって。祐一と二人で」
さっきの会話とは微妙に食い違うんだけど、まあ大体間違ってないから良いわよね。
どっちでも、意味は変わらないし。栞が言い出したと取れないことも無いんだし。
「そうか……そうだな。じゃあ、そうするか」
真相を知りようも無い祐一は、素直にそう言った。
顎に指を当てて、ウムウム、なんて頷いてる。
そのわざとらしい仕草が、何だか可愛かった。
少し背伸びして、頬に触れるだけの軽いキス。
ちょっと驚いて、こっちを見る祐一。
あたしは、悪戯めいた表情で言った。
「だから、さ。あの子に逆に見せ付けてやるぐらい、思いっきりマブラヴしましょ」
そして、もう一度キスをする。
見てなさい、栞。
清く正しくパワフルな恋愛ってものを教えてあげるわ。
だから、あんたも精々がんばりなさい。
あたしは、出来の悪い姉だけど。
たった一言だけ、確かな自信を持って言えることがあるから。
あの日、祐一が言ってくれた、あの言葉を――
降り積もる雪の中、あたしは相沢君の腕に抱かれていた。
処女雪に触れるように、優しい腕。
その暖かな抱擁に宥められながら、あたしはゆっくりと目を閉じていく。
穏やかな束縛の中で、あたしはただ、眠りたかった。
眠りに落ちる寸前、相沢君が、腕に力を込めて何かを呟いた。
「香里……お前は、ひとりじゃないよ。絶対に、俺が独りにはさせない。
だから……一緒に頑張ろう。二人で闘おう。
勇気や希望は、二人で合わせると大きくなるらしいからさ。
一人で起こせない奇跡も、二人なら起こせるかも知れない……だから、俺は離れない。絶対に。
何があっても、お前の傍を離れないぞ。俺はそう決めたからな。
たった今、この空に舞う全ての雪に誓う。
相沢祐一は、美坂香里を愛し、護ると。
だからお前は、俺を頼るんだぞ。良いな」
相沢君の背中に身を委ねながら、あたしは心地良い何かに包まれていた。
子守唄のような誰かの声を聞いて、あたしは随分と久し振りに、安らかな眠りに就いた。
……栞。あんたは一人じゃない。
あたしも、祐一もいるわ。
だから、精一杯やんなさい。
そういう人が出来るまでは、あたし達が涙を受け止めてあげるから。
あたしの妹なんだから、大丈夫よ。
ま、それまであたしは。
「ね、祐一」
「ん？」
「大好きよ、祐一！」
毎日、大好きなキスをして過ごしてるからね。
あんたも、さっさとこっち側に来なさい♪
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