たった二つの「好き」の条件
「……え」
「どうしましたか？」
「いや、だって……」
「私が言ったら可笑しいのですか？」
「そんなことはない」
「じゃあもう一度だけ言います」
「私は」
「……言わなくていい」
「本気……なんだな」
「もちろんです」
「俺は……」
「……笑わないでくれよ？ 真剣な話なんだ」
「わかってます」
「俺は……今までにも……」
「私と同じ事を、言われたことがあるのですね？」
「ああ……きっとその子以外にもいる。同じような目で俺を見ている子が何人かいるのに気付いたんだ」
「わかります」
「だけど……俺にはわからない」
「何が……でしょうか」
「俺は皆が言うほどの奴じゃない」
「何の取り柄もない」
「……たった一人の女の子も救えないような……」
「情けない奴なんだ」
「なのに……」
「何で俺なんだ？ 俺のどこがいいというんだ？」
「中には口も聞いたことないような子だっている」
「俺の何を知っているっていうんだ」
「俺は自分が嫌だ」
「俺は自分が嫌いだというのに」
「皆は俺に……」
「……………………」
「教えてくれ」
「俺の何が……何処が……」
「……この答えを聞かせてくれ」
「俺はその時に返事をする」
「わかりました」
正直こんなことになるなんて思ってもみなかった。
相沢さんがあんな風に悩んでいるなんて……
「わかりました」なんていったものの、そう簡単にいくはずがない。
「かっこいい」だの「優しい」だの、そんなありきたりなことで済むならあんな風に悩まない。
それくらい、私にだってわかる。
だけど……
（それがわかるからって答えが出るのなら苦労はしないんですよね……）
そう。
私には最大の弱点がある。
私は、恋愛経験というものを持ち合わせていない。
少ないどころか全く。
だから、私は人一倍頑張らなくてはいけない。
惜しむべき努力なんて一つもない。
恥を捨て、乗り越えなくてはいけない。
しかし……
（具体案が出てきません……どうしましょう）
しょうがないので、まずは身近な人に訊ねてみることにした。
「お母様、お父様。実はお聞きいたしたい事が」
「まー美汐ちゃんなんざましょ？」
「ほっほう、お父さんに言ってごらん？ なーんでも教えてあげるよ♪」
「………………（言う気が失せた顔）」
「……えーっとですねぇ」
かくかくしかじか。。。。
「はぁ……」
「え、何ですか？」
「いや、美汐ちゃんもとうとうそんなお年頃になっちゃったのねーって」
「馬の骨だったらゆるさんぞぉっ！！」
「……………………（返事聞く気が失せた顔）」
「あ、ゴメンってば★」
「お母さん、変に若ぶるのやめて」
「あらぁー？ 元はといえばいきなり『お母様』とか言い出す美汐ちゃんが悪いのよぉ？」
「お父さんは、お父さんは……っ！」
「大体ねぇ。私が若ぶってるんじゃなくて美汐ちゃんが」
「何か言いましたか（怒）」
「お父さん無視……」
「で、何なのですか？」
「え〜」
「う〜む」
チッチッチッチッチッ……（考え中）
チーン！
「「顔？」」
「……………………」
「……………………」
「何で声揃ってるし疑問形」
「あと手とか」
「足かな」
「広い背中もいいわね」
「細い腰……くびれの辺りが」
「それから」
「もういいです。ありがとうございました、とてもよいさんこうになりました」
「ちょっとーっ！ 棒読みじゃなーい！」
美汐は逃げ出した。
怖かった……。
親が駄目となると……ああ、自分の知り合いの少なさが恨めしい。
単なる知り合いなら居ない事も無いけれど、こんな質問の出来る……
あ。
いた。
（早速家に訪ねてみましょうっ！）
ピーンポーン。
（そういえば、相沢さんに出てこられたらどうしましょうか……）
急に現れた不安に、手が汗で湿っていく。
徐々に心拍数が上がっていく。
やばい。何て言い訳していいか分からない。
答えのヒントを、相沢さんの家（居候だが）にもらいに来ただなんて。
絶対に、言えない。
がちゃ。
「あれ？ えーっと……天野、さん？」
安心したような、拍子抜けしたような感覚。
……いや、まだ安心しちゃいけない。
見抜かされるかもしれない。
相沢さんではなくて、あの人に用があると言えば。
「何か用かな？ 祐一ならさっき出かけていったけど」
ありがとう、神様。
今だけは感謝します。
「いえ、私が用があるのは……ところで何故相沢さんだと？」
「だってわたし天野さんに家に訪ねられるようなことした覚えないし」
「相沢さんにはある、と？」
「でも違うんだよね？」
「はい。私が用事があるのは秋子さんに、です」
「お母さんに？」
「はい」
「実はお母さんもちょっと今出てるんだけど……」
「そうですか」
内心残念に思いつつ、踵を返しかけたその時。
「すぐに帰るって言ってたから、良かったら待っていかない？」
私は『遠慮しておきます』と何度も言ったけれど、結局待っていることになってしまった。
（相沢さんが帰ってきたらどうしましょうか……）
かといって、『今日は相沢さんに会いたくないので』などと言える筈もなく。
内心どきどきしつつも平然を装い差し出されたコーヒーを飲み干す。
秋子さんは、すぐに帰ると言ったとはいえ買い物らしいのである程度時間がかかる。
問題は相沢さんだ。
いくら家を出たのが『さっき』でも、用事によってはすぐさま帰ってくるであろう。
…………。
（考えても無駄、ですかね）
私らしくないかもしれない。だけど、事実は私なんて構ってくれないのだから。
「秋子さん遅いですね……」
思わず声に出してしまった時。
がちゃ。
典型的で淡白な何の変哲も無い扉を開ける音がした。
（噂をすればなんとやらですね）
喜ぶのも束の間。
「ただいま」
「お帰り、祐一」
あわてて近場の部屋へ唐突に飛びこんでしまった。
きっと名雪さんは不思議に思っている事だろう。
どうしよう。
どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう。
気が動転して思わず考える人になっているが、そんな事ともつゆ知らずどんどん近づいてくる足音。
あと３歩。
２歩、１歩。
（来る……っ！）
「祐一」
「ん、なんだ？」
「どうしてそっちに行くの？」
「いや、ちょっと秋子さんに用事が」
「お母さんさっき買い物にいったよ？ もうすぐ帰ってくると思うけど」
「そっか」
くるりと踵を返す相沢さん。
「外、寒かったよね？ コーヒー入れようか」
「お、さんきゅ」
完璧に台所の方へと遠ざかって行く足音。
「ふぅ……」
自然と溜息が漏れた。
相沢さんも自室に戻り、名雪さんが特に飛び込んだ理由を気にする様子も無く『きっともうすぐ帰ってくるから』と言いに来て。
少し落ちつきを戻してから、秋子さんが帰って来るまでにはそう時間はかからなかった。
私は今まで起こった事を全て話した。
さすがに我が親ながら馬鹿らしい返答をした内容まですみずみと、というわけではないが。
「それで、美汐ちゃんは私にその答えを請いに来たのね？」
「はい」
「そう……」
意味深な重みが感じられる、溜息混じりに発された言葉を私は聞き逃さなかった。
次に発せられる言葉を待つ私と、秋子さんとの間に緊張が走る。
「残念だけどそれは出来ないわ」
「！？」
秋子さんなら人生経験も豊富で、きっと相沢さんも納得できてしまうような答えを導き出してくれると思っていた。
その分ショックも激しかった。
「ごめんなさいね、意地悪で言ってるわけじゃないの」
「何で……っ！」
「祐一さんは、美汐ちゃんに訊いたのであって、私に訊いたわけではないでしょう？」
「祐一さんが求めているのは美汐ちゃん、あなたの答えなのよ」
「！！」
「だから私がそれを教えるのは間違っている」
「どんな答えであろうと、美汐ちゃんの中から出たという事に意味があるのよ」
「……わかりました。ありがとうございます」
そう告げて、部屋を出ようとした時。
「でもね」
「一つだけ、ヒントをあげるわ」
私の、私らしい、私なりの答え。
不器用な、私の。
秋子さんが最後に言った『自分を見つめ直す事』。
自分を……。
私は相沢さんの事が好き。
私が好きな相沢さん。
何が？ どこが？ 何故…？
私は……私は……
そんな理屈じゃ、無い。
「よぅ」
「こんにちは」
「…………」
「…………」
二人の間に長い沈黙が流れる。
何か言わなきゃ…
何を言おうか。何から言おうか。
言いたい事が上手くまとまらない。
「天野」
「はい」
「言いたい事、あるんじゃないのか？」
「はい……」
「早く言わないと休み時間終わっちまうぞ」
こんな時でも、相沢さんは優しい。
これが相沢さんなりの気の遣い方。
ぶっきらぼうだけど、私に言いやすいように促してくれる。
私の答えに相沢さんが納得してくれるかどうかは分からない。
これで最後かもしれない。
もう優しくしてもらうのはおろか、関わりを持つ事だって出来なくなってしまうかもしれない。
でも、後悔だけはしたくない。
やらないで後悔なんてもう、絶対に。
「私……」
「私には、他のみんなの気持ちは分かりませんが」
「少なくとも私は、私が好きだと思うのは」
「何が、とか何処が、とかそういったことではなくて」
「私が貴方の傍にいたいと思う事」
「私があなたに傍にいて欲しいと思う事」
「これが私のたった二つの『好き』の条件です」
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