「あー……だりぃ、何で俺がつまんねー会議になんか出なきゃならねぇんだよ……」
「仕方ないだろう、仮にも君は副会長なんだから」
廊下を歩く２人の男。１人はポケットに手を突っ込み、猫背でだるそうな顔をして
そしてもう１人はそんな隣の男の様子に呆れながら笑い、目的の生徒会室へと向かっている。
「いーじゃねーか、俺がいなくても何も変わんねーんだからよ……」
「斉藤、君はもう少し生徒会役員の自覚を持ったらどうだ？」
「うっせえな、大体俺は…………ん？」
「どうした斉藤…………ん？」
突然ぴたりと、２人の足が止まる。
「ふっふっふっふっふっ……」
それは目の前に数人の生徒が立っていたからなのだが……
立っているというより立ち塞がっている、それも一番正面の女生徒は仁王立ちで腕まで組んで。
「…………」
「…………」
それを見て２人はこう思った…………『なんか変な人がいるよ』と。
人の思いは常に一方通行
「何だよアンタ……どけよ」
「まあまあ、斉藤」
いきなり喧嘩腰になろうとする斉藤を久瀬がなだめる
その様子を見て、目の前の女生徒はさらにクスッと笑い……
「ふふっ、直接会うのは始めてかしら……生徒会長さん？」
「あん？」
「何なんですか貴女達は……」
「ふふふふふ……」
久瀬達が問い掛けると、その女生徒はさらにくすくす笑い出す……何がおかしいというのか
どうでも良いが彼女の身長がかなり低いので、見下してるつもりなのだろうが見上げてしまっている
ちょっと格好ついてない。
「質問に答えてくれません？ おチビさん」
「誰がおチビさんよ！」
「じゃあ名乗ってくれませんか？」
「ふんっ、いいわ……私達は噂の反生徒会！ そして私がそのリーダー役の羽瑠よ！」
久瀬に気にしてる身長のことを言われたのが利いてか
ババーン、と言う効果音をわざわざカセットテープで出しながら
その女生徒はドンと胸を張り、得意げに名乗った。
「…………」
「…………」
それを見て、斉藤と久瀬はしばらく呆れて何も言えなかったが
しばらく経って口を開く。
「反生徒会〜……ああ、実在してたのか、噂だけだと思ってたけどホントにそんなアホなが集団いたとはな……」
「誰がアホな集団よ！」
斉藤はまったく興味なさ気だった
今の心境を一言で言うなら『ふ〜ん……』だろう。
一方久瀬は……
「羽瑠……何と仰るんですか？」
彼女のその珍しい苗字の方が気になり、名前を聞いてしまっている
そもそも羽瑠は苗字なのか名前なのかすら疑問なので、これがわからないと夜も眠れそうにないという勢いだ。
「なっ！？ ふ……ふんっ、下の名前は秘密よ」
「秘密？ なんでまた」
「うるさいわね！ 言う必要なんか無いわよ！」
名前を聞かれた彼女は、なぜか激しく動揺して自分の名前を隠している。
……と、それを不思議に思ったのか
後ろに立っていた、いかにもぽけ〜としてそうな生徒が声をかけた。
「あれ？ 何で隠すんですか、うさぎさん」
「あー！ あー！ 言うなバカぁ！！」
バキャッ
「きゃうんっ！」
一瞬で耳まで真っ赤にしてその生徒に殴りかかった。
どうやら名前をうさぎと言うらしい、確かに変わった名前だ
そりゃ恥ずかしくて隠したくもなるか。
「うさぎぃ〜……？」
「羽瑠………はねる、うさぎ……ですか」
「うう〜……ま、まあともかく、アンタもこれで思い出したでしょ」
「はぁ？」
「ふふふっ……ここであったが１００年目！ 長年の恨みを晴らさせてもらうわ！！」
ビシィッ
大きな効果音を立てて、久瀬の顔に向かって力強く指を刺す羽瑠
その表情はいかにも『決まった』と言わんばかりだが……
「…………」
「…………」
くるっ←（後ろを向く２人）
「恨み……って何だよ久瀬ちゃん」（ひそひそ）
「僕が知るか」（ひそひそ）
「だって思いっきりお前指差してるじゃん」（ひそひそ）
「いや、知らないと言ったら知らないから、生徒会に対する恨みじゃないのか？」（ひそひそ）
「どっちかってゆーと個人的な恨みっぽいぞ」（ひそひそ）
「そうか？ いやしかし、んー……」（ひそひそ）
「何こそこそ話してるのよ！」
後ろを向いてひそひそと話す２人を見てイライラしたのか
羽瑠が声を荒げて騒ぎ出した。
「う〜ん……」
一方こちら側は、身に覚えの無い向こうの言い分に少々困惑している。
とりあえずこのままだと話がかみ合いそうに無いので
久瀬は思いきって聞いてみることにした。
「いや……僕、貴女に何かしましたっけ？」
「へっ……？」
「すみません、どうも心当たりが無くて」
「な……な……」
久瀬にさらりとそう言われた彼女は
まるで『信じられない』と言わんばかりに目を丸くして、驚きのあまり口をパクパクさせている。
「まさか……あ……あたしのこと……覚えてないとか言わないでしょうね……？」
「いや……正直な話、『あんたダレ？』って感じですが」
それはあまりにも酷い言い方である
久瀬は言葉を選ぶことを知らないのだろうか。
「な……な……な…………なんですって……！」
久瀬にキッパリとそう言われた彼女は相当なショックだったようで
しばらくそのまま固まっていたが、やがて俯きながらわなわなと震えだし……
「…………ちゃんの……」
「ん？」
「……くーちゃんの……馬鹿ぁ！！」
ドゴッ
「がはぁっ！？」
「うわあぁぁぁぁん！」
彼女は泣き叫びながら久瀬に見事なボディブローを決め
そのまま後ろに走り去って行った。
「あ、どこ行くの！ うさちゃーん！」
「うさちゃん言うなぁぁぁ！」
バキィッ
「ひゃうっ！？」
「うわぁぁぁぁぁん！！」
戻ってきて呼び止めた女生徒に一撃食らわしてから
また泣きながら去って行った……忙しい人だ。
「やれやれ……何だったんだアイツ……」
リーダーである彼女が去って行ってしまった為
後ろにいた他の面々も、慌てて彼女を追うように消えていった。
本当に何をしにきたのやら……斉藤は心底呆れていた。
「う〜ん……いたたた……」
「大丈夫か？ 久瀬ちゃん」
「んー……結構効いたかも」
先ほどのボディブローで倒れていた久瀬も、ようやく体制を整えると
立ち上がって、殴られた箇所を押さえながらも服の汚れを叩いた。
「おい……あの女、マジで知らねーのかよ」
「んー……」
「まあいいけどな……それよかさっさと生徒会室に行った方がいいんじゃねーの？」
「んー……」
「久瀬ちゃん……聞いてんの？」
「んー……」
先ほどから久瀬は斉藤の言葉にもまったく無反応で、顎に手を当てて何かを考えている
何か気にかかるとこがあるのだろうか……
「んー……羽瑠うさぎ……恨み……くーちゃん…………うさちゃん……んー……」
「おーい、久瀬ちゃん？」
「んー……んー……………………あっ、そういえば！」
「うわっ！ 突然なんだよ？」
ずっと無反応で唸っていた久瀬がいきなり大きな声を出したので
斉藤は驚いて思わず転びそうになってしまった。
「あー……あーあーあー…………そうかそうか……だとしたら……あー……」
「だからなんなんだよ、おい」
「あー……うんうん、それは悪いことしたかな……」
「しまいには殴るぞコラ」
いいかげん無視され続けてる斉藤も限界のようだ
しかし久瀬はそんなことは気にせず、何か決めたような顔でくるりと斉藤の方を向き……
「斉藤……僕は急用を思い出したので今日の会議は休む」
「はぁ？ ちょっと待て、お前がいなくなったら誰がまとめるんだよ？」
「…………」
「無言で俺を指差すな」
「じゃ、そゆことで♪」
「おいこらっ！ 待ちやがれこのっ！」
斉藤の声も、まるで聞こえないという感じでまったく気にせず走っていく久瀬
そして廊下には、呆れて動けなくなった斉藤１人だけが残された……
「ったく……本当にマイペースなヤツ……」
一方その頃……
「ううっ……ひっくっ……ぐすっ……」
久瀬の前から走って消えた羽瑠は、裏庭の木陰で蹲って泣いていた。
「アイツ……ホントに無神経なんだから……昔と変わってないじゃない……」
ぎゅっと両手を強く握り締めて、やり場の無い感情を押し潰す
とにかくショックだった、彼が自分のことを覚えてすらいなかったことが……
「うぅっ……くーちゃんなんか……もう知らないんだからぁ！」
「僕がどうしました？」
「ひゃんっ！？」
久瀬のことを叫んだとたんに上から本人の声が聞こえてきたので
羽瑠は思いっきりびっくりして思わず飛び上がってしまった。
「なななな……なんでここに……」
「相変わらず草むらとか木陰が好きですね貴女は」
「えっ……？」
動揺する彼女のことなど気にせずに、久瀬はゆっくりと語りだす
そして子供のような得意げな表情で彼女を指差し……そのまま一言。
「うさちゃん、みーっけ♪」
「くーちゃん……まさか、思い出して……」
「ええ……僕のことをそう呼んだ人間は、過去に１人ですからね」
「私の名前も覚えててよ……」
「いや〜、なにぶん昔のことで……確かに変わった名前ですけどね」
「この名前だけは覚えてもらえる自身あったのにな〜……」
「僕はうさちゃんとしか呼んでいませんでしたから」
「ああ、それで……」
自然と２人は昔を懐かしむように語り合いだした。
さっきまで敵対な状況だったことなどすっかり忘れて
少しずつ、過去の思い出を掘り起こしていく……
「どーでもいいけど、うさちゃんはもうやめてくれない？」
「じゃあ『うさぴょん』で」
「変わんないじゃない、他に無いの？」
「『うさりん』と『ちびうさ』どっちがいいですか？」
「…………先輩って呼んで」
「じゃ『うさちゃん先輩』でいいですか？」
「もういい……」
呼び名については諦めたらしい。
それよりも今話すべきことは……
「１０年……位ですか？」
「ええ、そうね……アンタがかくれんぼ中に私を置いて帰ってから」
「まだ根に持ってたとは知りませんでしたね」
「まーね」
久瀬と羽瑠、この２人は幼稚園児のころから仲の良い友達で、よく２人で色々なことをして遊んでいた
彼女の方が１つ年上なのだが、久瀬はこの通りの人を食ったような性格な為
どちらかと言えば久瀬の方が偉そうで自分勝手に彼女を振り回していた。
それでも、２人の仲は崩れることなく楽しい日々を送っていた。
しかしある日、この仲の良い２人の間に亀裂が入った……
それは今から１０年程前、久瀬が彼女とかくれんぼをした時
彼女を見つけることが出来ずに黙って家に帰ってしまったからである。
それからというもの、久瀬はどこか気まずい気分になり
彼女と会うことを極力避けるようになってしまう。
そしてその後、久瀬は親の仕事上の都合によってこの町を離れることになった
彼女と仲直りの言葉を交わすことなく……
「……で、再びこの町に戻って来たときには、そんな昔のことなどキレイさっぱり忘れていましたとさ」
「誰に向かって言ってんのよアンタ」
「めでたしめでたし」
「どこがよ！」
とりあえず一通り彼女との関係を語り終えた久瀬はホッと一息ついている。
「あのね……あのことを思い出したんなら私に言うべきことがあるんじゃないの？」
「１０年経った今も根に持ってるなんて性格悪……」
「いいから謝れ！」
「はい、ごめんなさい」
彼女の思考には賛同しかねたのだが、とりあえず怖いので謝ることにした。
そして落ち着きを取り戻した２人は
また話を始める。
「私ね、生徒会にアンタの名前があったのを見つけてビックリした……それまで気づかなかったし」
「まあ、学年も違いますからね……いちいちチェックなんてしてないでしょう」
「アンタが帰って来たのそれまで知らなかったんだから……」
「そりゃ言ってませんし、て言うか存在自体忘れてましたし」
「昔からアンタってそうよね……自分勝手で他の人のことなんかどうでもよくって……」
「んー、よく言われます」
「でしょうね……」
『はぁ……』とため息をつきながら、羽瑠は呆れ顔をした。
久瀬は昔からこのような性格だった為に友達も少なかった
そんな彼に好意を持っていたのは、彼女以外にはいなかっただろう。
「私、アンタに気づいて欲しくて……それで反生徒会の中心になったの、これなら嫌でも気にしてくれると思って」
「ああ、すみません……そんなもの眼中にありませんでした」
「アンタって……最低」
「言われ慣れてます」
「ばか……」
その後……２人はしばらく、お互い黙って木陰で座っていた。
こうしていると昔のことを思い出す……
昔も２人でよくこういう風に木陰で寄り添って座って休んでいた。
そのときの思い出が、まるで昨日のことのように蘇って来る……
「ねえ、くーちゃん……」
「んー……？」
しばらくして、羽瑠が口を開いた。
「くーちゃんはさ、もっと他人の気持ちを考えた方がいいと思うの」
「他人の気持ち……ですか？」
「あのね、人はみんなくーちゃんみたいに他人に無関心なわけじゃないから……」
「そうでしょうか？」
「うん、くーちゃんにはどうでもいいことでも、その人にはとても大切なことかもしれないでしょ？」
「んー……」
「それを考えないで、相手を傷つけちゃうことだってあるの……例えばくーちゃんがさっき言った一言でも……」
羽瑠は先ほど、久瀬に覚えていないと言われて本当にショックだった
それこそ胸の底がえぐられるように痛んだほど……
確かに久瀬の言うように、子供の時のことを１０年も気にしてたなんて馬鹿げている
それでも、羽瑠にとってはその事は今でも忘れられない大切な出来事なのだ。
人の言葉にはそれほどのダメージを相手に与える力がある
何気ない言葉でも人は傷つく、それを久瀬に知ってもらいたかった。
そして自分の気持ちも……
「他人の気持ち……その人の大切なもの……んー……」
「だからその……私はくーちゃんのことをね…………聞いてる？」
「んー…………あー……あーあーあー……そう言えば……あー……なるほど……」
「くーちゃん？」
一方久瀬は羽瑠の言葉など聞こえていないようで、例の如く顎に手を当てて考えていた。
考えている内容はここ最近あった一番大きな事件のことである。
窓ガラスや舞踏会の会場を壊して回った１人の女生徒とその周りの人間
それらの人間がとった行動を、先ほどの羽瑠の言葉で今一度思い直しているのだ。
「確かに僕は彼女達の事情など考えていなかったな……もしかしたら彼女達にはそれなりの事情があったのかもしれない……」
「ねーねー、くーちゃん？」
「それを僕は考えることさえしなかった……他人の気持ちなど考えるだけ無駄だと思っていた……」
「だからね、その対象を私に……」
「今思えば僕は彼女達にとても酷いことをしたのではないだろうか……客観的な視点のみで、傷つけていたのではないだろうか……」
「あのー、くーちゃーん」
「確かに彼女等の行動は……表情は……くっ、僕はあれを見て何も考えなかったのか……」
「くぅーちゃぁーん」
「今すぐ確かめなければ……そしてもしそうなのだとしたら謝らなければ！」
「くーちゃんくーちゃ……あ、ちょっと！」
羽瑠の必死の呼びかけにも反応することなく
久瀬は１人立ち上がり、そして。
「うさちゃん先輩、僕は用事が出来たのでこれで失礼します」
「えっえっえっ！？ いや、待って……」
「それでは」
羽瑠の話などまったく聞いていない久瀬は
シュタッと右手を上げてそう一言挨拶をすると、そのまますぐに走って去って行った。
そして、そのあまりの展開に羽瑠はしばらく固まって動けなかった……
ひゅぅぅ〜
「違うでしょ……ありえないでしょこの展開………」
木陰にただ１人残された彼女は
冷えた風に吹かれながら呆然と呟きだす。
「ほんっとーに、マイペースで自分勝手で人の気も知らないで……」
昔と何も変わってないマイペース過ぎる彼に対して
何と言うかもう悲しみを通り越して徐々に怒りが込みあがって来た
全身を震わせ長年の積もりに積もった感情が爆発した。
そして彼女は叫ぶ。
「くーちゃんの馬鹿ぁぁぁ！！」
そして、その後も彼女は意地になって反生徒会の活動を続けたという……
羽瑠うさぎ……その長年の思いはどこまでも一方通行
誰が彼女を救ってやれるのだろうか……それは神すら知らない。
「ぜーったい泣きながら土下座させてやるんだから！」
「それは楽しみですね、うさちゃん先輩♪」
「うさちゃん言うなー！」
あと、ついでに言うと斉藤は会議をサボりました。
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