名雪のライフスタイル
──朝──
二月の下旬。
寒い寒い真冬の朝は誰もが寒さに凍える朝。
布団を目いっぱい被って寒さに耐える朝。
けど──わたしは暖かかった。
なぜならわたしの大好きな祐一がすぐ隣にいるから。
抱きしめようとすればいつでも出来る距離にいる。
至福の中祐一の匂い、ぬくもりを思いっきり堪能している。
とっても気持ち良い。
だから永久にこの時間でいてほしいと思う。
ピッピッピッピピピピピピ──
目覚ましの音が聞こえる。
でもまだ起きたくない。ずっとずっと祐一と一緒に寝ていたい──。
ピピピピピピピ──カチッ
目覚ましが止んだ。これでもっとぬくぬくできる。
そう思った矢先。
ユサユサ
誰かがわたしを起こそうとする。
誰──なんてもう条件反射でわかっちゃう。
そう、わたしの恋人祐一。
祐一がいつものセリフでわたしを起こす。
なんていうか──祐一の声自体が優しい感じがするから、余計眠気が増長される気がする。
えへへ、祐一には悪いけど逆に安心しちゃうんだよね。
それでも大好きな人の声だからかな。
わたしはだんだん意識が覚醒していく。
わたしは寝言みたく『くー……、キス……』と、そっと祐一に聞こえる様に呟く。
でも祐一は『よし、起きてるな』そう言って部屋を出ようとする。
う〜、祐一酷い……。でも、もう遅いよ♪
わたしは電光石火のごとく速さで祐一のパジャマの端っこ掴むと、そのままギュッと握って離れられないようにした。
ガクッとつまずきそうになる祐一。その後怒鳴り声が聞こえてきた。
でもわたしの耳にはそんなの聞こえない聞こえない。
絶対おはようのキスしてくれるまで起きないし放さないもん。
数十秒後してから少し疲れたような感じのため息が聞こえてきた。
そしてカーテンの隙間から差し込んだ光によってできた影が、わたしの唇に重なった。
──ん……──ぷはっ。
うん、今日もきっと良い一日になるよ。
顔を赤くしている恋人に『おはよう』と挨拶してわたしの朝が始まる。
───学校───
わたしと祐一は一緒の学校。
学年も一緒。
クラスも一緒。
席も隣同士♪
えっへへ〜、わたしにはこの事実がとってもうれしい。
わたしと祐一はダイヤモンドより硬い絆で結びついている。だから離ればなれになることなんて出来ないんだって──そう思えるから。
だからすっごく満足──かっていうとそうでもないんだよね。
なんでかって言うと、学校での祐一はちょっとした恥ずかしがり屋さんだから。
登校時
たま〜にしか手を繋いでくれない。
授業中
真面目に授業をうけてて、必要最低限あんまりかまってくれない。
休み時間
せっかくの自由な時間なのにキスも抱きしめてもくれない。
それどころか祐一はもうちょっと甘えるのを控えるように言う。
ぷー。
校内認定の仲なんだから、もっとベタベタしてくれてもいいのにぃ……
それでも香里も北川君も『あんた達(おまえ等)もうちょっと周りを気にしてよね(しろよな)』と声を揃えて同じこと言う。
う〜、酷いよ。これでも甘さ控えめの５０パーセントカットなんだよぉ……
家で一回そのことをぼやいていたら、お母さんに聞かれてしまったことがある。
するとお母さんは『あらあら、名雪は贅沢者ねぇ』そう笑われてしまった。
……そうだね。
祐一が近くに居てくれる。
それだけで贅沢者だよね。
──でも。
もうちょっとだけ祐一に甘えてもいいかな？
───昼休み───
昼休みとは学生にとって午前中の疲れを癒し、昼食を食べて午後の授業に備えるための学校のなかで一番長い休み時間。
そう、友達や恋人との他愛のない話に花を咲かせ心休まる一時を過ごす時間。
────と。
普通の学生さんだったらそうなのかもしれないけどね、わたしにとっては一番気の抜けない時間なんだよ。
なぜならライバル達が虎視眈々と祐一を狙っているから。
そのライバル達の名は──栞ちゃんと美汐ちゃん
二人は普段昼休みのチャイムと同時に『祐一(相沢)さんはいますか？』と一秒も狂いなく入ってくる。
そしてそのライバル達は手作りのお弁当を持って祐一の気を引こうとし、あわよくばわたしを出し抜いて彼女になろうって考えている。
栞ちゃん曰く。
『祐一さんは命の恩人です』
美汐ちゃん曰く。
『私の人生を変えてくれた人です』
二人はそういう理由で毎日祐一にお弁当を持ってきていた。
それで皆と昼食を食べるんだけど、全然気の抜けない昼食になる。
そういうわけで、わたしにとって昼休みは戦いなの。
けど今日は運が良かった。
今日は四時間目の授業がチャイムの数分前に終わった。
祐一とわたしは颯爽とお弁当を持ってクラスを抜け出しある場所に向う。
そう、そこは香里も美汐ちゃんも栞ちゃんも知らない場所。
──屋上の前の昇降口。
ごめんね皆。
別にみんなで一緒に食べたくないわけじゃないんだけど──でも祐一と二人っきりで食べたいだよ。
二人っきりなら祐一に気兼ねなく甘えることできるから。
というわけでわたしと祐一はお弁当持って秘密の場所へ向かった。
でも先客が居た。
──舞さんと佐祐理さん。
わたしはすかさず祐一の腕にグッと抱き付く。
二人は三年生でわたしと祐一の先輩にあたる。
この場所だって、もともと二人が憩いの場にしていた場所。
度々訪れては一緒に昼食を食べていた。
だけど三年生はもう授業日程も終了して家庭研修に入っている。だから二人学校に来る必要はなかった。
二人が言うには『今日は天気がよかったですから──』それが理由らしい。
うーん残念だよ……。今日こそ祐一と二人っきりで食べられると思ったのに……
わたしの記憶が確かなら、明日の予報では『朝方は晴れ、のち曇になり午後には雪が降るでしょう』と予報していた気がした。
だから明日だったらなーと思ったが。そう思った自分にちょっと自己嫌悪。
この二人は料理のレシピを教えてくれたり、先輩ということもあって三年生に向けて何をすればアドバイスしてくれたりする。
二人は先輩としても友達としても、とってもいい人達──。
いい人達なんだけど──それと祐一とは話が別だよ。
隙をみせたが最後、二人の巧みなハイパーコンビネーションによって祐一の両脇を阻まれる。
そしてわたしは祐一に近寄ることすらもできなくなる……。
前に一度その光景を見ながら昼食を食べるって言う屈辱を受けてたことがある。
その時佐祐理さんは『これおいしいですよ』と自分箸で祐一に……
舞さんは『祐一、ご飯粒ついてる……』と祐一のホッペのご飯粒を取ってパクッと……
うにゅ〜！ どっちもわたしの役目なんだよお〜〜〜！！
その時きっとわたしの握力は軽く１００kgは越えてたよ。
とまあそんなことがあってからのわたしは常に祐一にしがみ付いて離れないようにしてる。
何事にも教訓に学ばないとね。
今日も二人にサイドを取られないように牽制しながらも無事のんびりと話をしながら昼食をとった。
───放課後───
一日の中で一番嫌いな時間……
だって祐一とバイバイしなくちゃいけないから。
胸の中がポッカリと空いてしまう時間。
わたしは陸上部、祐一は帰宅部。
だから一旦お別れなくちゃいけない。
──とっても悲しい。
でもだからと言って部活をサボっちゃうわけにもいかない。
こんなわたしでも誰にも負けないことがある。
それは最後まで頑張り続けること──。
祐一はわたしのそんなところを好きになってくれたんだ。
だから例え部活で離れちゃうことがあってもわたしは頑張るよ。
そしてわたしは部活中は走る事に専念する。
そうしないと何かに潰れてしまいそうになるから……。
でもだめ。
やっぱり祐一のこと考えちゃう。
商店街であゆちゃんと鯛焼きを食べているかも……
それとも他の女の子と隠れてデートなんてしているかもしれない……
──はっ、まっ、まさかお母さんと！？
うわ〜だめだよ祐一ー！！
ううん、祐一はああみえても結構一途なんだよ。だから浮気なんて絶対しないよ！
本当に好きなのはわたしだけ、他の子はただのお友達！
そう、祐一にとって特別な女の子はわたしだけなんだよ！
わたしは──祐一を信じてるからね！！
そう心の中で葛藤しても当の本人が目の前に居ない以上、いくら思っても虚しかった。
うぅ、祐一切ないよぉ。
わたしは早く部活が終わってほしいと思う。
不安で不安でしかたがない。
祐一、浮気なんてしたら一緒に謎ジャム食べて心中だからね……。
───夕方───
部活に引き続き家に帰宅途中。
一人の百花屋なんてつまらないから真っ直ぐ家に帰る。
祐一に文句を言ってやろう。
わたしがどんな気持ちだったか、どんなに寂しかったか。
だから早く祐一に逢いたい。早く祐一の声が聞きたい。
わたしは歩く。スタスタ歩く。
一秒でも早くわたしが安心できる場所にたどり着くように。
もうわたしは祐一のことしか考えられなかった。
ただただ一心不乱で家に帰る。
歩く。
歩く。
家に着く。
ドアを開ける。
靴を脱ぐ。
ただいまを言う。
リビングまで駆け寄る。
リビングのドアを開ける。
そして──
『おかえり名雪』
祐一に抱き付く。体いっぱいに。
暖かい。もう離れない──。
わたしは迷子の子が親を見つけた時のように、不安も寂しさも一瞬で消えた。
文句を言う言葉も一瞬で消えた。
ただ祐一に抱きついていたい。それだけ。
祐一はわたしを引きはなそうとする。
やだ、離れない。
気がついたら、お母さんが微笑みながらこっちを見ていた。
急に恥ずかしくなる。
わたしの顔も祐一の顔も真っ赤。
だめ。
それだって離れられない。
全部祐一のせい。全部祐一が悪いんだよ。
だから放して上げない。
自分でもよくわからない言い訳だけど、祐一にくっついていられるんだったらなんだっていい。
だけど本当はわかってる。
本心はただ甘えたいだけ。
ごめんね祐一。
祐一に罪なんてないけど、……けどやっぱり祐一のせいなんだよ。
わたし祐一のこと大好きだから。
───夜───
わたしの一番好きな時間。
──そう、祐一を独占できる時間。
わたしは勉強という名目で祐一の部屋に行く。
そりゃあ本当に勉強もしないわけじゃないよ。
でもね、甘えたい盛りの子猫に甘えるなって言ったって我慢できるわけがないんだよ。
ましてや今日はずっと祐一と二人っきりになれなかったんだから──
わたしは祐一に甘える。
すりすり、さわさわ、ぺちぺち。
とっても甘える。
祐一も祐一で『おー伸びる伸びる』とわたしのほっぺの感触を楽しんでいる。
でもわたしはそれが気持ちよくて、むしろもっとしてほしいくらい。
甘えん坊のわたし──。それと可愛がり上手の祐一。
でも甘えても、甘えても、全然足りない。
わたしの心はまるで底のない砂時計のよう。
満たしても満たしてもどんどん吸い込まれていく。
祐一はそんな貪欲なわたしを一瞬でも満たしてくれる、唯一の人。
だからわたしはもっともっと甘える。
・・・
はふぅ。
わたしはもっと祐一のことが好きになった
だから──明日はもっともっといい一日になるよ。
───ベッドの中で───
『今日は冷えるな──』
祐一のその言葉を合言葉にわたしは『じゃあ、今日は二人で一緒に寝ようよ』と嬉々として反応する。
祐一はそんなわたしの期待の眼差しをみて苦笑しながら『今日だけだぞ』って祐一は笑顔で返してくれる。
そしていつからかそれ当たり前になったベッドの上の二つの枕。
寒い寒い真冬の夜がこんなにも暖かいのは祐一のおかげ。
そしてわたしの今日最後の楽しみ。
それは祐一を感じながら明日のことを想うこと。
えへへ〜、明日はなんと言っても部活が休みなんだよ〜♪
だから放課後は祐一と百花屋へ行こう。
百花屋へ行ってイチゴサンデーを食べよう。それで祐一にイチゴサンデーをあーんしてもうんだ。
それがおいしくなるとっておきの秘訣。
──それと。
明日の予報で夕方、雪が降るって言っていた。
だから小さな傘を一本だけ持っていこう。
祐一にバレないように一本だけね。
いっぱいいっぱい幸せになっていく。
でも祐一はそんなわたしにお構いなしに『早く寝ろよ』とそっと自分胸元に包み込むようにたぐりよせる。
そして祐一はわたしが眠るまでずっと頭をなでなでしてくれる。
それがあまりに気持ちいいからわたしはすぐ眠気に負けてしまう。
ほんとはね、もっと暖かさを感じていたいし起きてたいんだよ。
でも不思議なくらい暖かくて……
う〜気持ちいいよー
だめだよー
眠っちゃうよー
祐一……
明日の朝もキスだおー……
くー
本当はわたしが寝た後『ありがとな、今日も楽しかったぞ』とキスしてくれていることは──
祐一だけの秘密。
これがわたしの──
わたしと祐一の日常風景。
わたしはこんな毎日が好き。
明日を考えるだけで幸せになれるこんな毎日が大好き。
ありがと祐一。
全部祐一のおかげなんだよ。
だからもう一度だけいわせてもらうよ。
ありがと。
これからもずっと。
よろしくね。
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