今はまだ靄の中
まだ靄の中にいる。
「……っさむ！」肌寒さで意識が目覚める。
掛け布団から頭を出して時計を確認すると、時間はまだ７：３０だった。
日曜日だというのにこんなに規則正しく起きるとは、、
…ん〜、俺ってやっぱまじめ人間だな。世間一般の学生諸君も見習ってもらいたいものだ。
などと思っているうちに眠気が襲ってくる、平日ならいざしらず今日は日曜日、これは耐え切れん。
いつもの俺なら眠ってしまってただろう、だけど、今日は眠りたくなかった。
なぜなのか？そんな疑問がよぎったが、なぜそんな疑問を頭によぎらしたのかそれも解からなくなった。
こういうわけのわかんない時はとりあえず行動あるのみ、いつか解決するだろう。
ベッドから立ち上がって、窓のカーテンをシャッ！ っと勢いよく開け放つ。
外は相変わらずの雪模様、もはや見慣れた光景だが、朝日に反射してきらきらと輝くのが寝起きの目にはちとつらい。
まるで寝ぼけたバンパイアが間違えて日中に血を吸いに行こうと飛び出して、太陽光によって灰になる状態のようだ。
どんな状態なんだろう、それは…、まったくどうでもいいことを考える自分の脳に少々の嫌気を感じたが、
苦節１７年も一緒に頑張ってきた脳だ、ここで見捨てはしない。
やっと朝日にも目が慣れてきたようなので、ちゃっちゃと着替えをする。
着替えながら何かが心に訴えてくる、これでいいのか？ と。
そんな声を無視して着替えを終える。
着替えを終えたというのにぼーっと天井を見上げている自分に気づいた。
…ははっ、なにやってんだよ、俺は、、顔をパン！っと叩いて、意識を呼び戻す、そしてもう一回強く叩いて気を引き締める。
「い、痛い、つ、強く叩きすぎた」
気を引き締めたのはいいが、あまりの強さのせいか頬が赤くなってしまった。
ま、まずい、これでは秋子さんに、名雪の着替えを覗いてしたたかに平手打ちを食らってしまった、と見えなくもないであろう。
まあ、秋子さんのことだから何一つ問題ないはず、しかしここは誤解されないように赤くなった頬が元に戻るまで待つとしよう。
ベッドに歩み寄って腰をかける、そこでまたぼーっと部屋の中空を見つづける。
夜が明けない、って言う人もいるけどそんな事は無い、夜が明けてまた朝が来る、何かが起きても何事も無かったようにまた一日が始まる。
ただそれの繰り返し、そんなもんだ。
なんてどうでもいい事を考えて、ふと時計をみると８：１０になっていた。
クローゼットの内側に付けた鏡で頬を確認すると、全くいつもどうりの自分が映っている。
「さぁ〜ってと、無駄に頭を使ってしまったから小腹もすいたし便所に行きたい、下に降りるとしますか」
自分に言い聞かせて廊下にむかう。
階段にむかう途中に名雪の部屋のドアが目についた。
…なぜだろう、ちょっといたずらをしたい気分になってきたな。
日頃の憂さ（毎日毎日の早朝ランニング）晴らしをしたくなってきた。
しかし、ここでそんな事をすると、この先食事のに毒物、並び異物を混入される可能性がありえる。
一時の爽快感、長期に渡る腹下り。
サルでもわかるこの状況、そうさ人間諦めが肝心。
何事もない様に階段を下りる。
まずはトイレに行き、次に洗面所にいって手を洗う。
「常日頃からの手洗い習慣、これで病気にもならないぜぇ」
「祐一、鏡にむかって喋ってどうしたの？ 風邪でもひいたの？ なんか顔色悪いし…」
ビク、っと体を硬直させて油切れのブリキのように、
体をギギギギッと１８０度転換すると、制服姿の名雪がいた。
「名雪！ 今のはなんでもない、ほら時々あるだろ？ なんとなく口に出したいときがあるだろそれだよ」
「ん〜っ？ わたしはそんな事は無いと思うよ。ほら、祐一は変なとこがあるからきっとそれだよ」
笑顔で言われると非常にキビシー！ っていつの時代の言葉だ？これは、、
いや、そんな事はどうでもいい、今気づいた事がある。そしてこれはとても大切な事だ。
「どうしたの？真剣な顔して、顎に手を当てて考え込んじゃって、まるで古畑さんみたいだよ」
古畑は顎ではなく額に手を当てるんだよこのなんちゃって古畑好きめ。
じゃなくて、
「名雪なんで起きてるんだ？今日は日曜だぞ、せっかく晴れてるんだから大雪を降らすような事はしないでくれ」
「別に雪を降らそうとしているんじゃないよ。今日は部活があるから」
なるほど、ここんとこ休日の部活をやってないようだから新鮮に感じてしまった。
「その様子からして今から部活のようだが、そんな余裕に余裕があるのか？」
俺が聞くと名雪は少し上を見て考えて、
「え〜っと、確か８：３０に始めるから、余裕じゃないよ」
「思いっきり余裕をみしているだろーがッ！」
そのあせりをみせない様子を世間一般では余裕というのだが、こいつはそれをわかっていない。
「で、さっさと行かないのか？遅刻決定だぞ」
「大丈夫だよ、部長さん出勤だから。こういう時って部長さんっていいよね」
重役出勤かよ、しかも部活の部長は関係が全く無いだろ。
「……今日はいつもの祐一みたいだね…。」
「ん？ なんか言ったか？」
「なにもいってないよ〜」
トコトコと名雪は厳寒にむかって靴を履いてこっちに振り返って、
「それじゃ祐一、いってきま〜す」
「おお、行って来い」
元気よく名雪は外に出て行った。すると周囲には静けさが戻った。なぜだか知らないがちょっと寂しい感じがする。
いつまでもここにいる訳にはいかないし、腹が鳴ったので食卓の方にむかった。
「おはようございます、祐一さん」
「おはようございます」
中に入ると秋子さんが出迎えてくれた。
俺がいつも座る所のテーブルの上にはすでにトーストとハムエッグ、コーヒーが置いてある。
さっきの名雪との会話で俺が起きているのがわかったのだろう。
椅子に座ってパンを食べながら秋子さんに聞いてみる
「名雪の奴いったい何時くらいに起きたんですか？目覚ましの大合唱が聞こえなかったから少し気になったんですけど…」
キッチンの方からジャムを持ってきて、
「７：００に起こして、って頼まれたから起こしにいきましたけど、結局名雪が起きたのは７：４、５０ってとこでしたよ。
ところでこれは新作のジャムなんですけど、よろしかったら試食してくれませんか？原料はスターフルーツで甘酸っぱくておいしいですよ」
見た目からして南国の物をつかいました、っていう感じの色をしているジャムが入っている小ビンを差し出した。
トロピカルな感じがしてなかなか美味そう、そのジャムをパンに塗る。
いつの間にかパンの表面が南国カラーになってしまった。
…いつの間にこんなに塗ったんだ。まぁ問題はない、名雪のイチゴジャムの塗りかたに比べればこの程度、蚊ほどにも感じん。
バクッと勢いよくパンに食らいつく。
おお、ホントにおいしいぞ！いい具合に甘味が抑えられてるところがまたいいぞ。
「どうですか？味の方は…」秋子さんが笑顔で聞いてくる、俺もその笑顔に答えなくれば！
「とても美味しいですよ、このジャム」
あまりに普通過ぎたが、別に飾ってもしょうがない。気持ちが伝わればいいのだ。
「そうですか、それじゃあこのジャムは明日から食べれるように用意しときますから、食べるときに言って下さいね」
「そうさせてもらいます」
パンとハムエッグを平らげてコーヒーをのんびりと飲む。
コーヒーを飲みながらなんとなく辺りを見まわすと、カレンダーが目に入りそこで視線を止め、日付を眺めた。
…あれから二週間経っていたのか、もうそんなに経つんだよな。遅いようで早いもんだ、時間が流れるのは。
お互いもとの生活に戻っただけ、あいつはどうかは知らないけどやっぱり俺はまだ振り切れない。
本当にあれで良かったのか？ もっと俺はあいつのために頑張れたんじゃないのだろうか？ 今も後悔の念が心に浮かんでくる。
そしてずるずると引きずっていまも後悔の念が浮かぶ自分が情けない。あいつのように強くない。
俺は、つらい、悲しい、苦しい、目の前に突き付けられるだけで心が潰れてしまう。
けど、あいつはずっと笑っていた。最後まで笑っていた。
そんな事は自分にはできない。きっと潰れてしまう。きっと怖くて逃げてしまう。
本当に俺は心が弱い。
「どうしたんです？ 祐一さん。さっきからぼーっとして、体の具合でも悪いんですか？」
秋子さんに呼びかけられて意識がもどった。
…本当に情けないな、俺は。もっと頑張らないとあいつに顔向けなんて地球最後の日になってもできやしない。
そう、頑張って前に進まないと、いつまでも立ち止まってないで、
前に行かないと俺はいけないんだ、俺のために、あいつのために。
「祐一さん？」
「ああっと大丈夫ですよ。少し疲れているだけですから心配しないで下さい」
「そうですか、それならそれでいいんですけど…」食器を片付けながら心配そうな面持ちで言ったので聞いてみると、
「二月に入ってからずっと元気がないようなので気になってたんですよ」
と答えられた。
元気がない、か…。確かにそうだ。ただ元気があるように振舞っているだけかもしれないな。
名雪は解かんなくても秋子さんはやっぱり解かるんだな。「名雪も心配してましたし…」
……そこまで元気がないんのか、俺は。ただ俺が気にしないようにっていつも通りに接してくれてたんだよな。
それに気づいていなかっただけか。
ちゃんとしなきゃいけないな、そんな風に接してくれるんだから。心配しないように。
でもどうすればいいのかわからないな、まるで前が見えない。
まるで心の中が濃い靄によってその場所に閉じ込められているような気分だ。
そんな気分じゃ元気になんてなるわけないよな。どこかに出かけて機運転換でもするか。
「ちょっと気分転換に外に散歩にいきます」
「いってらっしゃい、祐一さん」
部屋を出て玄関で靴を履いて外に出る。
寒い！ けた違いに寒い！ なんだこの皮膚を突き刺すような寒さは、ダイアモンドダストが見られる位の寒さに感じるぞ。
なぜだ？ なぜこんなに…。自分の姿を見て納得。
素早く玄関に引き返す。
ドアを開けると秋子さんがいた。
「お帰りなさい、早かったですね」
「いえ、違います。コートを取りにきました。」
「あらあら…」秋子さんは笑顔だった。
「ふぅ〜、やっぱり寒いな。外も財布も」
いつもの通学路を歩く。駅の方に行くにはこの道しか知らない。
わき道に入ったら案外近道なんじゃないかと考えたが、それで迷って凍えるのはやだし、かっこ悪い。泣く泣く却下したものだ。
しかし、こうやって気分転換するために歩くのもたまにはいいもんだ。普段無い発見がある。
この通学路沿いの家の屋根の色は赤が多いとか、車はワゴンが多いとか、捜せば色々と見つかる。
普段は走ってたりするからそんな余裕が無いだけかもしれないが…。
風景を眺めながら歩いていると、駅と商店街と学校に別れているところに出た。
学校は行ってもやる事ないし、行ったらあの場所に行ってしまいそうなのでパス。
当初の予定通りに駅に向かう。
やりたい事は何もないけど、あっちに着いたら何か思い浮かぶだろう、きっと。
「何も思い浮かばね〜し」
まあ、しょうがないか。これといった目的は無かったから仕方がない。
ベンチに座ってこの跡どうするかを考える。
気分転換に来たのだからここは他の街にでも出かけてみるか。
提案して即座に却下した。金銭的余裕が全く見られないからだ。
下げてた頭を持ち上げると目の前を人が行き来している。この時間帯ならよく目にする光景だ。
そんな中、立っている女性のところに男性が駆け寄っていって、
二言三言かわした後仲良さげに歩いていき人の中に消えていった。
その姿にあの時の二人がダブる。
暖かく悪戯っぽそうな笑みを見せて冗談を言う自分。からかわれた事に少し怒った表情を見せる少女。
そして二人とも幸せそうな笑顔をする、あの時の自分達がダブる。
可笑しくて、とても楽しくて、本当に愛しくて、どうしようもなく悲しくて、お互いの時間を共有していた二人。
それが懐かしくて、切なかった。
ベンチから立ち上がって空を見上げる。
雲がいつの間にか空をどんよりと覆っていて、雲と雲の隙間からの陽光が少し今の俺には眩しかった。
少し歩き出す、ここにいると前を向けなくなってしまいそうだから。
道なりに歩いているといつの間にか商店街の入り口にきた。
そこを数歩歩いてからつい反射的に身構える。うぐぅが体当たりをするために突っ込んでくる可能性が高い。
身構えてから少し思い出す。一月の最後に会ってから一度もあゆには合っていないことを。
…そういえば探し物が見つかったからこっちには頻繁にこれないって行ってたっけ。 いないと少し寂しいな。
警戒を解いて商店街の奥にと歩く。
さすがに休日だけ会って人が多い。人の波に流されてさらに奥へと流される。
その波に乗っていくとあるところで俺は歩みを止めた。
そこは、自分の存在を否定していた姉が、少女を認めた場所。
姉妹が昔の頃のように仲が戻った場所だった。
俺に普段からは全くもってみせなかった弱さをみせた香里が、全てを認め、全てを受け入れた強さを見せた。
それに比べて今の俺は…。そこで馬鹿馬鹿しくなって考えるをやめた。
ただ訳もなく歩き出す。人の波にただ流されるだけ。自分の意志も何ももたずに。
そのまま流されてく、止まったまんまで進めない自分をその波は無表情で連れて行く。
あるところでその波は途切れた、そこは分かれ道。片方は知らないが、もう片方は知っている。
それは公園に続く並木道につながる道。
気分転換に来たのに、これじゃあ何も転換できない、ただただ辛くなるだけ。
…なんであの波は俺ここに連れてきたんだ？俺は立ち尽くしていた。
そんなぼーっ
としていた俺に後ろから歩いてくる人がぶつかった、
「おおっと、ごめんよ」
「あ、いや…」その人は俺に謝って忙しそうに歩いていく。
悪いのはぼぉ〜としていた俺のほうにあるのに…。なんで俺はこんなにぼーっとしているんだ？
そして今の自分の状態に気づいた。
この状態は少女が望んでいた状態なのだろうか？
…今の俺を見たら自分のせいで俺をこんな状態にした、って自分を責めるんじゃないか。それでいいのか俺は。約束も守れずに。
約束…。あいつは約束をちゃんと守っていた、それに比べたら俺はどうだ？
守れてるって胸を張って言えるか？ そんな訳ないよな、今の俺は。
なんで自分の事しか考えてなかったのだろう。なんで少女の気持ちを考えてやれなかったのだろう。
俺は今まで後悔していただけじゃないのか？ 少女と会ったことに…。
『後悔してませんか？』
そう言った少女に対して俺は後悔はしてない、って答えていたのに。
俺は後悔しているんじゃないのか？ 受け入れた事に…。
『栞は私の妹だから…。』
別れを恐がっていた香里は受け入れたのに…。
今の俺はなんてへたれているんだ。こんな姿をいままで晒していたのか。
秋子さんも名雪も心配するはずだよ、きっと学校の奴らもそして香里も…。
ほんとに情けない、だからこそ情けないなんて思って止まっているわけには行かない。
少しずつ少しずつ、前に行かないと…。
今すぐは無理かもしれないけど約束を守らないと…。
今はまだ靄の中で立ち止まっているけど、晴れないわけじゃない。
ただきっかけがあればいい、なくれば作ればいい。
公園に続く道に背を向ける。
今はまだこの先に行く事はできないけど、少しずつこの先にいけるように頑張ってみせる。
約束を守るために頑張ってみせる。
いつもの俺になってみせるから。
栞が好きだった俺に戻ってみせるから。
今は無理でも前に貼ってでも進んでみせる。
だから俺の心配なんて絶対するなよ。
俺は歩き出す、今度は流れに乗らないで自分のペースで…。
空を見上げる。
空は相変わらずの空模様、さっきのように切れ目から光が漏れる。
けれど、その光は眩しくは感じなかった。
fin.
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