大切にしたい
彼がすごく大切で失いたくない
だけど
いつも素直になれなくて彼にばかり求めてしまっていた
星が煌く 夜空
春が過ぎて 秋が終わって
冬になって 白い季節がやってくる
白模様の想い出に、貴方の笑顔は、輝いている
「私……雪って嫌いじゃないわ」
真白く清んで、それでいて淡く消える
だってそれは
「真っ白だから」
微笑む口から白い息が昇り
頬には涙を一つ
世界がそっと色づいて
淡い月色の涙を零した
シロへの気持ちは
いつまでも白い
雨は止んだから
もう雨には変わらないから
───ストールが舞う
そして
雪に成って、この想い、貴方の肩に、優しく降り立って
この想いを確かめれたら
あなたにそっと囁こう
優しい嘘を言って
くだらない事で笑って、私の隣にいる
君にずっと言いたかった事
「私の心の傷を癒してくれて本当にありがとう」
月色の涙の想い
その日は天気予報通りの大雨になった。
中学校での授業を終え、部活が終わり部室の鍵を閉めて、香里は窓越しに雨空を見上げた。
桜の花が、雨で散らされ舞っていた。そのまるで雪みたいだなんて思う。
目を凝らすとその桜の雪の中に数人の部員が楽しそうに話しながら帰るのが見えた。
部員が全員が帰ったのを見届け、戸締まりをするのは、部長としての務めではなくイジメられていたからっだった。友達がいないから。
イジメと云っても暴力や陰口を叩かれるのではなく無視するといった類のイジメ。
担任曰く、いつも成績で主席を取っているのと中学生にしては幾分か大人びた容姿からの近寄りがたさがそうさせているらしい。
けれど香里はめげたりはしなかった。イジメにあってるからと云って自分を変える事なんてしたくなかったし、なによりもう───慣れてしまったから。
職員室に鍵を戻したあと、二番目に赤いお気に入りの傘を広げ、外へ出た。
外は窓越しに見た時より雨脚が強くなっていた。
ふと、いつも通る公園の前で、香里は足を止めた。
にゃ〜、と甘えた声で鳴くそいつはひとりぼっちだった。
この公園で、猫に出会った。真っ白な体に透明なくらいに透き通ったスカイブルーの瞳を持つ猫に。
その猫は人に慣れていているのか近づいても逃げなかった。
段ボールには「拾ってあげてください」とかいう陳腐な決まり文句はない。
この小さな公園は住宅街からは外れていてほとんど人の行き来はない道に面している。
明らかに誰かに拾って貰ってもらおうとしてるとは思えなかった。
けれど私みたいな通学路としての近道としてこの道を通る学生も少なくない。
そのことを知っていて、学生が好奇心で拾って行くことを見越して、ここに捨てたのかもしれない。
馬鹿だと思う。子猫を捨てた飼い主も私も。
こうして毎日、子猫のことを気に掛けて学校の帰りに寄ってしまうなんて。
本当はそんなことしちゃいけないって分かってるのに。
そうこう色んな事を考えて、香里は公園の中に足を踏み入れた。
辺りをきょろきょろと見渡す。他に人は…いない。
昨日、雨が降った時、猫が濡れないように箱に被さるように置いた傘が一つ置いてあるだけ。
「………一つ？」
一つではなかった。一番お気に入りの白い傘の隣に黒い傘の花が咲いていた。
良く目を凝らすと誰かが傘を差したまま、地面にしゃがみ込んでいるのがわかった。
香里は傘の中が見える位置まで、近づいていった。
そこには、少年と猫がいた。少年は空になったミルク瓶を片手に持ち、じっと気持ち良さそうに寝ている猫の顔を見ていた。
少年は自分の存在に気づいていない。
じっと猫を見つめている少年は猫よりも猫っぽい感じがして面白い。
しばらくして少年は私に気づき、俯いて照れた。
「え、あ、居たなら声掛けてくれよ、美坂」
「ごめん、北川君。なんか声掛けづらい雰囲気だったから。」
そう、私はこの少年を知っていた。
クラスは違うのだけれど色々と問題を起こして先生に連行されるのを何度か見たことがあった。
他のクラスとは交流がない香里にとって驚くべきは彼が私の名前を覚えていたこと。
イジメのせいで知っているのだろうか───。だとしたら悲しいけれどその可能性はあまりにも高い。
「どうしたの？こんなとこで？」
人懐こい笑顔を浮かべ訊いてくる。
けれど彼の笑顔はその可能性は有り得ないものだと思わせるような屈託のない笑顔だった。
「あの……」
本当ことを言うのは恥ずかしくてなんとなく躊躇する。
「……もしかして美坂もこの猫が心配で見に来たとか？」
「ち、違うわ。」
香里は恥ずかしさのあまり思わず語気を強めて言った。
「じゃあ、なんでここに？」
「それはその………」
「──それは？」
「この前なくした白い傘が……ここに落ちてたからよ」
私は頬に手を当てた。バレバレの嘘。
ちらっと北川君を見ると目と目が合った。
するとその瞬間、北川は、はははっと笑いだした。
手を当てた頬はみるみると熱気を帯びてきた。
「あ〜もう、はい。傘。落としたんだろ」
彼はにやりと笑って、傘を差し出した。
「あ、ありがとう」
そう言って素早く彼の手から傘をもぎ取る。
その場を取り繕うように質問した。
「北川君は良くここに来るの？」
「俺？この頃は良く来るよ。こいつが腹減らしてるみたいだしね」
「じゃあ、人間に慣れすぎた猫は長くは生きられないってこと知ってる？」
どれくらいの間だったのだろうか。その瞬間はやけに長く感じた。
「人が悪戯したり蹴飛ばすから……だろ」
彼は顔を硬くして答えた。
自分でも意地悪な質問だと思った。餌を与えているのは自分も同じなのに。
「けど…それでも……」
猫の鼻を撫でながら
「俺は見捨てることはできないよ」
彼はそう言って小さく微笑んだ。自分と同じだ。そう思った。
「それにさ」
美坂だって同じだろ、と云って彼は笑った。
わたしは心の中を覗かれたみたいで恥ずかしくなって目を逸らした。
北川はミルクの瓶をカバンにしまい、立ちあがった。
「じゃあ俺、もう今日は帰るわ」
「え、傘どうするの？」
猫が濡れぬように彼は自分の傘を置いて駆け出そうとしていた。
「こいつが濡れたら可哀想だろ？傘は明日取りに来たら良いさ」
「じゃあ、私の傘使って良いわよ」
手に持っていた白い傘を差し出した。
彼は遠慮がちに頬を掻いて
「ありがとな」
相変わらずの笑顔で答えた。
それからというもの彼とは会うことが多くなった。
約束なんかしてなかったし来ないといけないという義務もなかったけれど毎日、公園に通った。
毎日毎日、「初めての子猫の育て方」という本を片手に世話を焼いた。
一方、彼は子猫の育て方に関する知識は全くないらしく、じゃれてくるシロの相手をしてる。
ちなみにシロというのは子猫の名前のこと。
「シロだな。うん、今日からお前はシロだ」
北川君は子供のように叫びながら云った。
「え、何が？」
私は訊ねた。
「ほら、こいつの名前まだなかったじゃん」
北川君は子猫をそっと抱いて私の正面に掲げた。
「体が白色だから、シロ。透き通るような白さを持つシロ」
どうだ良い名前だろ？、と彼は微笑みながらぐっと親指を立てた。
だから私は答えた。
「北川君にしてはなかなかのネイミングセンスじゃない」
何か含みを持たせたような顔をして私は云った。
すると彼は目を細め訝しげに云う。
「どういう意味だよ」
意味ありげなため息一つ、そして言い放つ。
「言葉通りよ」
一刀両断。
そしてにやり笑って彼の方を向く。
目と目とが合う。しばしの沈黙。そして---
微笑む私の瞳の中で破顔した。
私も堪えていた笑いができずとうとう笑い出してしまった。すると
「にゃ〜」
なんだか間の抜けたようなタイミングで子猫が鳴いた。
「ほら、こいつも喜んでるみたいだ」
子猫は大きなあくびをして鳴いた。それはまるで自分の子供が産まれてくるかのような泣き声を出して微笑む彼の手の中でほころんでいた。
それを見て私は彼の手から子猫とって空に掲げた。
ゆっくりと空気に溶けてしまいそうな風が流れ、そして眩しいくらいの光る青がたゆたう空を見て私は
「よろしくね、シロ」
そう云って、ふわりと笑った。
この公園で日常が生まれた。
ミルクをあげたり、あやしたりするだけだけれどそれが楽しかった。嬉しかった。
シロは少しづつだけど大きくなってきた。
やせ細っていた体は今では、ぽっちゃりするぐらいの大きさにまでなっていた。
毛の白さも眩しさを増し、目の透き通った青さにも磨きがかかった気がする。
彼にそれを話すと
「親バカだな」
って云って笑った。
「だってそうじゃない。北川君だって父親でしょ」
そう云うと彼はなにやら急に顔を赤くして俯いてもじもじしていた
「どうしたの北川君？」
「ど、どうもしないって」
自分の言った言葉の意味に気づいたのは家路に着いた時だった。
それから数ヶ月後。
初秋の早朝のこと。
強い風が公園に積もった雪をかき回し、舞い踊るかのように吹き上げた。
公園の芝生はすっかり薄い雪化粧のしたに埋もれてしまっていた。
屈みこんで手のひらで雪を掬い、そして軽く握る。すると雪はさらさらと指の間から逃げる。
空は雲の隙間からとぎれとぎれに光を漏らし疎らに積もる雪を彩る。
───これは切実な問題ね。
私は思う。というか初めから分かっていたことなのだが、この雪国で冬に猫が外に捨てられるというのは死を意味する。それは外で育てているシロも同じことだ。
私の両親はネコアレルギーだし、北川君の両親も基本的にペット類は駄目らしい。
「はぁ〜…。どうしよっかシロ〜」
首をこちょこちょとくすぐってみる。
すると、「にゃ〜」と鳴いていた声が「みゃ〜」に変わった気がする。
その可愛さにゆっくりと笑ってゆっくりと立ち上がる。
そして公園に広がる純白大地を見て、とある衝動に駆られる。
この衝動はシロの行き先が決まらない事から来たかはわからない。
いや、正直に言うと元から一度やってみたかった気がする。
でも決して誰かさんが気持ち良さそうにやってたからではない。
断じてそれはない。──と自分に言い聞かせる。
辺りを見回しても誰かが、彼が来る気配はない。
これを逃すともう二度とチャンスはないかもしれない。そんな気がした。
───よし。
私は両手を広げて雪の上を走り出した。
陽に照らされた純白の大地に足跡がぽつぽつと刻まれていく。
そして走るスピードを落とさずそのまま踵を返し
「ははっ」
笑ってくるんと背中から雪の上に倒れた。
ぼふ、と雪が柔らかい感触で受け止めてくれた。
「あ〜、気持ち良い」
雲の隙間からとぎれとぎれに降り注ぐ光が顔を射した。
すごく眩しいけれど、なんだか心地良い。
彼の言っていたことが良くわかった。
目を閉じても感じるこの温もり。雪さえもが暖かい気がした。けど
「…もう、立ち上がらないと」
この状態を彼に見られたら何を言われるかわかったもんじゃない。
名残惜しさを振り払うように私は立ち上がった。
そしてすっと目を開ける。
「よっ。美坂」
目を開けた瞬間に唐突に少年の声が背後から聞こえた。
恐る恐る振り返る。すると北川君が立っていた。彼は驚いたような目をし、口には笑みを浮かべている。
恥ずかしい。何故、彼はこんなにもタイミング良く来るのだろうか。
「もしかして………」
こくりと縦に首を振った。
「一部始終見てた」
そう言い終わると彼は笑いだした。
「この前、俺がやったら『子供みたいね、北川君は』とか言ってたのにな」
私の真似をしながらケラケラと笑う。
「だっ、だって」
必死に抵抗しようとすると
「ストップ」
彼が手で私の口を押さえ遮った。
「今日はそんなことより重大発表があるんだ…」
急にいつになく真剣な顔になり事の重大さがわかり声を潜め彼の目を見た。
「実はな……」
「──実は？」
ごくりと小さな息をのむ。
「うちで猫飼うのにＯＫでましたっ」
「えぇ〜〜。ほんとに？」
これには本当に驚いた。前までは飼えないって云ってたから。
彼は遠い目をして空を見上げて
「あぁ、長い交渉でしたなぁ」
とおどけて云って屈んで、シロの首を擦った。
シロは喜んでみゃ〜と可愛く鳴いた。
──この時、北川君の心の中が見えたような気がした。
こんなことを繰り返し時は過ぎていく。
北川君とシロとの幸せな日々。
今まで感じたことのない幸せを感じていた。
学校でも友達ができた。
「美坂さんは変わったよね」って友達に良く言われる。私自身そう思う。
何が変わったかって云われても言葉にはできないけれど変わったと思う。
そんな日常が来るなんてついこの間までは考えもしなかった。
けれど
あの日から雨が降り始めた。
いつまでも止まない雨が───
季節は春。
その日は天気予報はずれの大雨になった。
先に散歩に行った美坂に会うために公園に行く前に一休みしようとしていたが傘も持たず出かけていて心配なので今日は急いでいた。
学校での授業を終え家に帰って、北川は窓越しに雨空を見上げた。
シャワーが空から降ってくるかのような激しい雨が降っていた。
薄暗い空から降り注ぐ雨の音が頭の中でノイズのようにリフレインする。何故か急に、胸騒ぎがしてきた。
思えば今日は起きた時から悪い予感がしていた気がする。
雨が窓を叩く音、風が木を凪ぐ音、脈の打つ音がシンクロする。
北川はクローゼットから着なれた黒錆びたコートと真っ白なマフラーを取り出す。
そしてそれに着替え、はぁ、とため息を一つ。
机の上に置いた白く湯気立つコーヒーを一口啜る。
不安もそれと一緒に一緒に飲み込もうと思った。けれど………無理だった。
不安感、焦燥感は拭えなかった。
すると不意に、携帯電話の着信音が鳴った。
聞き慣れたの電子音。
その甲高い無機質な音がやけに耳に障る。
ディスプレイを見る。
着信──────美坂香里
ばっと、電話をとった。
「もしもしっ」
「…………」
「もしもし？」
「…………」
返事はなかった。その返事の代わりに聞こえるのは雨の音。
「どうした美坂っ」
知らず知らずのうちに叫びながら訊いていた。
「…私の…せいで……」
冷たく息吹の感じられない嗚咽交じりの抑揚のない声。
「わたしが……よそ見してたら……シロがいなくて……探して…見つけた時には……車が…」
そこで美坂が崩れ落ちるのがわかった。
その瞬間、北川はドアを蹴っていた。
きっとあそこにいるんだ。
あの場所に。傘をさすのも忘れ、土砂降りの雨の中駆けていた。
くそっ。もっと急げ。
もっともっと急げよ俺。
本気よりも、もっと速く、もっと。もっともっと速く速く。
不安感の原因はこれだったんだ。髪が頬にべったりとくっつく。
美坂っ、美坂っ。
「あぁ〜、クソ」
雨を含んだコートとマフラーの重さがうざくなって脱ぎ捨てた。
途中で転んでジーンズが泥だらけになったけれどもそんなのどうでも良い。
今は、ただ、速く。
速く。
公園前のコーナーを曲がり、ストレートをダッシュする。
更に加速しようやく公園が見えてきた。
公園に着くと香里の姿が見えた。
けれど明らかに、様子がおかしかった。
この雨の中で傘もささずぽつりと佇んでいた。香里は何かを腕に抱えているように見えた。
胸元には鈍い赤が見えた。
「み……さか」
俯いていて表情は見えない。
「香里っ」
そう、叫びながら香里の元に駆け寄った。
そしてその赤の正体を見て生唾を飲んだ。一瞬が永遠に感じた。
「北川君……」
香里は自嘲するような、けれど感情の無い表情を見せた。
現実は、残酷で、痛い。
赤い血に染まった猫が、抱かれていた。美坂の腕に。
真っ赤な傷。
真っ赤な痛み。
その時、俺は崩れ落ちた美坂をただ、抱きしめる事しかできなかった
時は流れ高校２年のある日───
学校の帰り道。
今日は寄る場所があった。
今日はあの子の命日だった。
忘れられないあの日の思い出。
ここには、安らかなこの場所の空気には残酷すぎる思い出があった。
あの日から、随分と時が経っていた。
そう、時間はあの日から完全にストップしていた。
あの日のことを想う。
大切な者と過ごしたあの日々。
悪いのは私だ。
私が子猫を見つけたから。
私が車が来ているのに気づかずに呼びかけたから。
誰か教えて欲しい。何が悪いのか。
けれどいくら考えてもいつも同じ所で止まる。
いや、自分に嘘をついても仕方がない。本当は気づいている。
"知っているからここに来たんだ"
けれどその決心はまだできずにいる。そのことを認めるにはまだ時間がかかる。
だけど……何故だろうか。
私は忘れようとしたのに。心を閉じ終わったことにしようとしたのに。
痛みも罪もすべて記憶の渦へと追いやったのに。
どうして彼の瞳はあんなにもまっすぐなのだろうか───
目に白い吐息と夕暮れ空に染め上げられた彼が映った。
黒い傘の中に佇む彼の手には二輪の花があった。
小さな石でできた墓をじっと見ていた。
「………なんで」
言葉がうまくでなかった。
あの日から数年。私は忘れようとしたのに。この公園で出会ったシロのことを忘れてなかった事にしようとしたのに。
自分のちっぽけな心を守るために、記憶の底に追いやったのに……。
そしてまた、私は繰り返そうとしているのに……なんで………。
彼は私に気づいて
「あぁ、美坂か」
出会った時と同じように笑顔で云った。
どうして、傷を抱えて生きていこうとするのだろうか。
傷も、痛みも、全て抱えて生きていくのはあまりにも───。
「今日はシロの命日だな」
そう云って彼は少し笑顔にかげりを見せた。
「………」
何も云えなかった。云ってしまえば何もかもを認めなければいけない気がして。
けれど認めなければいけないって事もわかっている。そう、向き合わなければならない。
だから
「北川君は……強いね」
私は云った。
彼はちょっと俯き加減になりぎゅっと手の花を握った。
「そんなことないよ」
「………」
それこそ、そんな事ないよ。私はまた現実から逃げようとしているのだから。
栞の笑顔から、病気から、また逃げているのだから。
「なぁ、美坂」
さっきとはうって変わって彼は今まで見たことのない真剣な顔をしていた。
「逃げるなよ」
「───っっっ！！！」
「相沢から聞かれたよ。『美坂に妹はいるか』ってな」
声のトーンが下がるのがわかった。
「冷たい云い方かもしれないけどな、シロの事は忘れても良いよ。本当の家族じゃないしな。───けどな」
ギロっとこっちを見た。
「妹のことまでからも逃げるなよ」
わかってる。痛いほどわかってる。
だからこんなにも傷が疼いてる。
「痛みも、罪も、すべてに向き合ってからでも………泣くのは遅くないだろ」
そう云い終わると彼はふっと微笑んだ。
陽の光が彼の顔を淡いオレンジ色に染めた。
傷は負った本人にしかわからない。
分かろうとしたって分かるわけがない。
自分の傷を誰かに受け止めて欲しいなんて思わなかった。
だから、私は笑った。笑うことで涙を隠したかった。
情けなんか、かけられたくなかった。憐れんだ目で見られたくなかった。
だから名雪にもこのことを云ったことはない。
けれど……涙目で笑う彼の笑顔はなんだか傷に沁みた。
「………良いのかな？」
笑った…なのに涙が溢れた。
「こんな…姉……なのに……」
あの子に。シロに。栞に。
「会っても……良いのかな？」
頬に暖かい涙が伝って視界が揺れた。
その涙の中で彼は黙ったままゆっくりと１輪、花を差し出して
「行ってこいよ」
頬に涙をいっぱいに湛え微笑みながらぐっと親指を立てた。
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