隠された想い
今日から、みんなで旅行に行くことにした。
残り少ない夏休みをエンジョイするためだ。
ことの起こりは、二日前にさかのぼる。
それは、一本の電話から始まった。
祐一「なあ香里、今度・・・つってもあさってだけど、どっか旅行に行かないか？」
香里「はい？なんでそんな急なの？」
祐一「まあ、夏休みもあとわずかだし、みんなでどっかに行ってもいいかなって。急なのは認めるから、できたらなんだけど・・・」
香里「でも、今ちょっとお金がないわよ」
祐一「それは大丈夫だ。俺と北川で持つから」
香里「まあ、その日なら空いてると思うけど。泊まり？」
祐一「ああ、１泊２日でな。場所は・・・」
こうして、私は駅前にたどり着いた。
来るのは、私、相沢君、名雪、北川君、栞の５人。
あゆちゃんたちは欠席するそうだ。
そして、私は栞とここにいる。
栞「祐一さんたち、遅いですね」
香里「あなたが早すぎるのよ。いくら相沢君に会いたいって言っても、これは早すぎよ」
ちなみに、待ち合わせまであと１時間はある。
栞「う〜。お姉ちゃんだって、祐一さんに会えるのを楽しみにしてたくせに」
香里「な、何言ってるのよ。ただ、夏休みに会えなかった名雪に会うのが楽しみなだけよ」
栞「へ〜」
栞が意味深な笑いを浮かべている。
そう、私は心のどこかで相沢君と会うのを楽しみにしているのだろう。
そして、５分前になって北川君が到着した。
北川「よう、美坂」
栞「あ、北川さん。おはようございます」
香里「おはよう、北川君」
北川「それより、相沢たちは？」
香里「それがまだなのよ」
栞「ほんとに残念です」
北川「まあ、そのうち来るだろ」
そして、時間ちょうど――栞に言わせれば、秒単位で遅刻と言いそうだが。
祐一「よお、すまない。名雪を起こすのに手間取ってな」
名雪「うにゅ〜」
祐一「って、また寝てるし！」
そんな相沢君を見ていると、思わず笑いがこみ上げてくる。
香里「ふふふっ」
祐一「何だよ、香里」
香里「なんでもないわ、さあ、行きましょう」
祐一「あ、ああ・・・」
こうして、美坂チームの旅行は始まった。
香里「早くしないと乗り遅れるわよ」
祐一「わかったわかった」
そして、私たちが乗るべき列車が到着した。
栞「これに乗るんですね。なんか、どきどきします」
祐一「栞・・・。列車くらいでそんなことは・・・」
栞「いえ、私はあまり街の外に出たことがありませんから」
祐一「あ・・・」
相沢君は気まずそうにしている。
とりあえずここは助けてあげましょうか。
香里「ほら、さっさと乗った乗った。時間ないいだから」
祐一「ああ」
中に入ると、早速私たちは座席を反転させてボックスにした。
こうなることを予想して、あらかじめ指定席をボックス状に取っておいたのだ。
ただ、どうしても一人余ってしまうのだ。
名雪「ねぇ、香里。誰がそこに座るの？」
当然のように、名雪が聞いてくる。
香里「そうね、トランプでもして決めましょうか」
北川「トランプ？」
香里「ええ、例えば『大富豪』とかで、大貧民になった人は向こうの席、とか」
祐一「なるほど、それなら」
そして、第１回トランプ大会の結果は・・・。
香里「ふふ、私が大富豪ね」
名雪「う〜次はがんばるよ・・・」
栞「北川さんよりは上でした」
北川「そんなこというなよ、栞ちゃん」
祐一「なんで俺が・・・」
香里「それじゃ、相沢君は向こうに座ってくれるかしら？」
祐一「まて、１回じゃ面白くない。もう一度やろうぜ」
名雪「ずるいよ。負けたからって」
祐一「最後まで話を聞け。ビリのやつは通路に座ってするんだ、んで、それ以外の人は座る。今回は俺が負けたから俺が通路だ」
香里「それだと、５人で続きができるわね。向こうの座席に座ってもできるかもしれないけど、ちょっと遠いし」
そして、私たちは目的の駅までトランプを楽しんだ。
無論、相沢君が一番負けていたのはここだけの話である。
祐一「ちぇ、一番負けたからって荷物持ちか」
香里「文句言わない、ほら、あと少しよ」
旅館に着いた私たちは、まずチェックインを済ませ部屋に行った。
とりあえず二部屋用意していたようだ。
祐一「それじゃ、部屋決めするぞ！」
名雪「決めなくても、祐一と北川君はそっち。私たちはこっち」
北川「まあ、そういうと思ったがな」
香里「まったく・・・」
思わず、ため息すら出てしまう。
私は、心のどこかで期待していたのかもしれない。
一日中、一緒にいられることを・・・。
って、何考えているのかしら。
とりあえず、悟られないように笑みを作った。
香里「ま、まあ、荷物をおいたら外へ出ましょうか」
北川「そうだな、それじゃ、また後で」
そして、私たち――名雪と栞――は部屋へ向かった。
名雪「いい部屋だね〜」
栞「はい、こういうところも素敵ですよね」
香里「そうよね。はあ、風が気持ちいい・・・」
荷物を一通り片付けると、ノックが聞こえた。
祐一「おーい、用意できたらいこうぜ」
香里「ええ、わかったわ」
私たちは、外へ出て行った。
この気持ちいい風の中へ。
そして、私たちは商店街にいた。
香里「そういえば、何で今日行こうって決めたの？」
祐一「ああ、実はこの街で今日花火大会があるんだ」
香里「そうだったの、それで・・・」
祐一「急だったから悪いとは思ったんだけど、みんなで行きたかったしな」
名雪「ほんとは、香里と行きたかったんじゃない？」
祐一「ば、ばか。『みんなで』だろうが」
名雪「ふ〜ん」
名雪がどこか含みのある笑い方をしている。
そういえば、これはどこかで見たことが・・・。
あ、朝の栞か。
そうか、そうか。相沢君も同じだったんだ。
香里「ふふふっ♪」
祐一「だから、意味もなく笑うなよ・・・」
そして、『あの人』はこの意味に気づいていない。
北川「それじゃ、そろそろ戻るか。夕食も旅館で食べることになっているし」
名雪「ねえ、北川君。花火はどこで見るの？」
北川「ああ、あの旅館からばっちり見えるぞ。がんばって探したんだからな」
名雪「でも、それじゃよく予約とれたねえ」
北川「当然だよ。あそこは・・・」
祐一「北川！」
北川「ああ、すまん。秘密だったな」
祐一「そ、それじゃ戻るとするか」
『彼』は何を隠しているのだろうか。
その答えは、果たして明かされるのだろうか。
考えているうちに、旅館に到着した。
祐一「それじゃ、飯にするか。１階の奥に、食堂、といっても宴会場みたいなところがあるんだって」
香里「そうね、おなかもすいたし、いただきましょうか」
食堂にたどり着き、私たちはなかなか豪華な夕食を食べていた。
しかし、先ほどの『彼』の発言が、どうしても心に残って料理を味わうことができなかった。
香里「ねえ相沢君、さっきは何を隠していたの？」
祐一「え？そりゃ秘密だって」
いつまでたっても『彼』は教えてくれなかった。
そうして、いつの間にか花火の時間になり、私たちは部屋に戻った。
不意に、ノックの音が聞こえた。
そしてそこには、相沢君が立っていた。
祐一「なあ、香里・・・」
香里「何よ・・・」
祐一「・・・。一緒に花火見ないか？」
香里「え・・・い、いいわよ・・・」
祐一「あれ、名雪たちは？」
香里「そういえばいないわね」
本当に、名雪たちはどこへいったのだろうか。
そう思っていると、ひときわ大きな花火が打ち上げられた。
香里「きれいね・・・」
祐一「そうだな。でも、今日の香里もすごくきれいだぞ」
香里「え、それって・・・」
祐一「ま、そのままの意味だ」
そしてしばらくの沈黙。
どれくらいの時間がたっただろうか。
突然、『彼』が話しかけてきた。
祐一「ま、今日は楽しかったよ。香里と一緒にいられて」
香里「そうね。私も楽しかったわ」
祐一「また、一緒にどこかに行こうな、えっと、今度は二人で」
香里「それって・・・名雪たちは？」
祐一「ふう、そういうこと聞くかなぁ。俺は、お前と、二人で行きたいって言ってるんだよ」
だんだん『彼』の口調が強くなっていく。
そして、私も『彼』の言葉を待っていた。
祐一「俺は、お前が好きなんだよ・・・」
香里「相沢君・・・」
『彼』の言葉に、私はどう返事をしていいか迷った。
だけど、今ここで言える一番素直な言葉を言うことにした。
香里「私も・・・相沢君のこと・・・好き」
祐一「そうか・・・ありがとう」
そして、二人はまた静かに花火を見つめていた。
まるで、二人を祝福しているかのように、大きく咲いていったのだ・・・。
そして翌朝。
短い旅も終わりを告げ、チェックアウトを済ませると帰りの列車に乗り込んだ。
香里「で、昨日はどこに行っていたのよ」
そう、またひとつ謎が増えた。
あの時、名雪と栞はどこにいたのか。
名雪「北川君に誘われて外にいたんだよ」
栞「はい、風がとても気持ちよかったので」
北川「まあ、そういうことだ」
ふふふっ。
彼らはこういっているけれど、きっと私――いや、私たちに気を遣ってくれたのだろう。
ありがとう、名雪、栞、北川君。
香里「ところで北川君。相沢君の秘密って何？」
北川「ああ、あれね。予約とったのはいいんだけど、相沢のやつ金がなかったんだよ。俺が貸してもよかったんだけど、自分で出すって言い張って」
祐一「北川ぁ！」
北川「とりあえず前金は俺が立て替えたけど、こいつ、美坂の分は絶対自分で出すって言ってたからな。そして、金が集まったのが三日前ってわけだ」
その理由は、あっけないほどに簡単なものだった。
でも、そんなやさしい『彼』に私は惹かれていたのかもしれない。
だから、私はこう言うことにした。
香里「ほら、相沢君。・・・いや、祐一、行くわよ」
祐一「か、香里・・・」
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