【大切な時間と笑顔】
相沢がこの学校に転校してきてから一ヶ月が経とうとしていた。
最近では、相沢と水瀬と美坂と俺の４人でいることが多くなっている。
昼食になるときまって、この４人で食堂で一つのテーブルを囲んで楽しく食っていることが多い。
たまに相沢がいなくなることがある。
まぁ、いつもの倉田先輩と川澄先輩と一緒に食っているんだと思うけど・・・
そんなときは決まってなぜだか水瀬が、少し落ち込んでいるようにも見える。
今日は、いつもの４人で食べているんだが、いつもと違うのは場所だった。
いつもは食堂だが、今日は水瀬が４人分の弁当を持って来たので、たまには晴れた空の下、屋上でのお食事会も悪くはないだろう。
水瀬もよく４人分の弁当を作れたよなぁ〜、なんて感心もしていた。
昼休み、昼飯の時間を忠実にチャイムが教えてくれた。
「んじゃ行くか」
と、俺の前に座っている相沢が、一背伸びして第一声を掛ける。
それにつられる様に、美坂と俺も立ち上がる。
水瀬は、学校鞄とは別に用意していた弁当専用の鞄を取り出す。
どう見ても、学校鞄より大きい・・・結構な重さじゃないだろうか。
「名雪、俺も持とうか？」
「いいよ、一人でも持てるよ」
相沢が少しでも水瀬に負担をかけまいと、声を掛けるが、それを水瀬は断った。
「んじゃみんなで持つってのはどうだ？」
そんな重いものを女性一人に持たせることは男として出来ない。
だから、平等に持つことを俺は提案してみた。
「そうね、名雪だけに持たせるのも悪いし」
いい感じに、美坂も相槌を打ってくれた。
そして、みんながいっせいに自分の弁当に手を伸ばす。
いつもは使えない校舎の屋上だが、今日は一ヶ月に一度の開放日なのだ。
水瀬はそれに合わせて弁当を作ってきてくれたみたいで、いつものことだが、遅刻をしている。
それに付き合って、同居人の相沢も一緒に遅刻した。
【屋上】
俺たちは、階段を上って屋上へ出た。
外は晴れており、とても青い空が広がっていた。
「うぅ〜寒い。やっぱり教室のほうがよかったかも・・・」
「なに行ってんだよ、今日は結構暖かいじゃんか」
まだ雪が降るような季節だっただけに、引っ越してきた相沢にとって、この寒さはきついみたいだ。
俺たち地元の人間にとっては、日が照っているだけで、十分暖かいのだ。
とはいえ、薄着で過ごすことはできないが・・・
月に一度の開放日とあってもうすでに、何組かのグループが陣取って弁当を広げている。
お互いの弁当を見せ合うグループもいれば、弁当そっちのけでおしゃべりしているグループもいる。
俺たちは、適当な場所を見つけるとその場所を目指す。
「ここでいいか、っと」
といいながら、地面に腰を落とす。
この時期だと、やっぱり地面は冷たい。
しかしその冷たさ俺たちにとってはさほど問題はないくらいだったが・・・
「ん？どうした相沢・・・まさか座れねぇとか・・・」
「ん、んなことはねぇよ・・・」
ちょっと強がってみせる相沢は、ゆっくりと腰を落とす・・・
「くぅ〜・・・つ、冷てぇ・・・」
「ははっ、大丈夫か？相沢」
からかう様に笑う俺と美坂そして水瀬。
そのしぐさをみて、少しむっとする相沢。
「それじゃお弁当食べようよ」
「そうね、そうしましょうか」
水瀬と美坂が、弁当を膝の上に準備してきりだす。
それに俺と相沢が、答えるように弁当を手に取って風呂敷を解きだす。
いっせいに弁当のふたを、パカッといい音を鳴らしながら開けると、色とりどりのおかずが並んでいた。
中には、タコウィンナーにタマゴ焼き、から揚げ、ミニトマトと薄切りにしたきゅうり、のりたまふりかけのかかったご飯。
普通、弁当に必ず入っているおかずベスト１０に入ってそうなおかずが並んでいた。
「おぉ、うまそうじゃん！相沢のには何が入ってんだ？」
相沢のにも同じように入っているのだが・・・気のせいか俺のより１、２個多いような気がする。
「すごいじゃない、名雪」
「えへっ、今日のために練習してきたんだよ」
少し照れるように顔に手をあてる仕草を見せる。
親も親なら、子も子ということか・・・なんせ水瀬の親である秋子さんは、料理においては全てハンドメイドだという。
最近の母親でも、手作りといっても、ジャムなんかまでは手作りでは作ってないだろう・・・それほど秋子さんはすごいのだ。
弁当を食べながら俺たちは話をしていた。
俺と美坂、水瀬の３人が楽しく会話していると、さっきまで一緒に話していた相沢が俺たち３人を不思議そうに見ている。
それに気がついた俺は、
「どうしたんだ？相沢、不思議そうな顔して・・・」
「いや、な・・・お前たちって仲いいじゃないか・・・なんでかなぁと思ってさ」
「あぁ・・・そういえば俺たちっていつも一緒だったからなぁ・・・なんでだっけ？」
俺が、相沢の問いかけに納得しながらも美坂に振った。
困ったような顔をしてみせる美坂、それをアハハハハと、笑顔で眺める俺・・・
「１年の頃にあなたから話し掛けてきたのがきっかけでしょ？」
「そうそう！そうだった。あれは１年の冬だったな・・・」
「いえ、夏だったわ・・・」
「そうだっけ？」
「そうよ」
「・・・まぁいいじゃないか」
【１学年の夏・・・】
中学の頃から小心者だったんだよな、俺って。
だから、友達も少なかったし、人付き合いもできなかったんだよ。
んでこの高校に合格が決まって、入学式を迎えて決めたんだ。
夏休みに入る前までに友達を作ってやる！ってね。
んで、７月に入った頃のことだ・・・
もうすぐ夏休みってみんながはしゃいでた傍らで俺は一人で机に向かって本を読んでたんだ。
そんなときに、水瀬が俺に声を掛けてくれたんだ・・・
「えっと・・・その本、面白いよね」
「え？・・・う、うん」
正直戸惑ったよ。
そりゃ、男友達は数人いたから人と話をするのに抵抗はなかったけど、同級生の女子とは、まったく話したこともなかったからね。
でも不思議と自然に話が出来たんだよ。
「その本ね、前に一回香織に読ませてもらったことあったんだよ」
「そ、そうなんだ・・・」
でもまぁ、すぐには打ち解けなかったけどな。
その日を境に、俺と水瀬がよく話すようになったんだ。
そしてある日のことだった。
「おはよう水瀬さん」
「北川君おはよ」
いつものように挨拶を交わす俺と水瀬・・・その水瀬の後ろに美坂がいたんだ。
（もしかしてこの人が水瀬さんの言っていた美坂さんかな・・・）
美坂の第一印象は、綺麗な人だけど、でもちょっと怖そうだな、ってとこかな。
少しむっとしている感じだったからな。
「北川君、ここにいるのがいつも話している香織だよ」
「あ、あぁ・・・よろしく北川です」
「・・・美坂香織よ」
（うぅ、やっぱりちょっと怖いなぁ・・・）
その日からだったな、美坂と水瀬を一緒によく見るようになったのは。
そんで、俺と美坂がこんな風に仲良くなったのが、夏休みに入る前になるんだよ。
その日の放課後だったな。
「ごめん香織、北川君。急に部活の集会が入ったんだよ」
その日は３人で商店街に買い物に行こうって約束してたんだ。
まぁ決めたのは、俺と水瀬だったけどな。
「だから、商店街には二人で行って・・・ね？」
そう言うと水瀬は、俺たちを置いて走っていってしまったんだ。
「ちょ、ちょっと名雪ぃ！？」
美坂の止めも聞かないでいっちまったよ。
いつもの水瀬らしかったけどな。
「・・・ど、どうする？」
「どうもこうもないわ・・・名雪には悪いけど、私は帰るわよ」
「へ？・・・ちょ、ちょっとまってよ・・・み、美坂さん」
そんで、取り残された美坂は帰ろうとしたんだけど、俺は訳もわからずに止めちゃったんだよ。
「なによもう・・・確か北川君って言うんだったわよね」
「う、うん」
正直怖かったよ、あん時の美坂は・・・ほんと
「水瀬さんに悪いし、二人だけでもいってっていってたから・・・その、」
「何よ、はっきりいったらどうなの？」
「・・・一緒に行こうか・・・商店街に」
「・・・わかったわ・・・でもその前に、」
何とか一緒にいくことになったんだよ。
そのときは、ほっとしたね。
「その"美坂さん"ってのやめてくれる？香織だけでいいわよ」
「う、うん・・・わかった。んじゃ俺のことは潤でいいよ」
「それは遠慮させてもらうわ、北川君」
「ははっ、それじゃ俺は美坂って呼ぶよ」
そん時美坂に名前を呼ばれたときなんだか嬉しくってさぁ、笑っちゃったよ。
美坂もちょっと照れてたな。
そのまま俺と美坂は商店街に買い物に行ったんだ。
とても楽しかったよ、本当に。
そして、夏休みにはいってから、一段とよく遊ぶようになったんだ。
大体は、水瀬の家で遊んでたな。晩御飯も秋子さん特製のご飯だったからおいしかった。
美坂もだんだん明るくなってきてさ、俺もなんかさ、内に秘めていたものが弾けたように明るくなっていって、
今までより楽しい夏休みになったな。
夏休みも終わり、２学期が始まった。
この頃からかな、３人で一緒になって昼食とか食うようになったのは。
大体が、今みたいに食堂で食べてたんだ。
そうそう、いつだったか美坂のやつが急に愛想が悪くなった時期があったんだ。
いつも下校は、水瀬と一緒だったんだけど、その日を境にしてホームルームが終わるとすぐに帰るようになったんだ。
その前にも、何度かあったんだけどこのときは、そりゃもう毎日のように早かったんだ。
昼食のときも、いつも３人で楽しく会話しながら食べていたのに、美坂がしゃべらなくなったんだ。
数日くらいそんな日が続いて、さすがに俺も気になりだしたんだよ。
放課後、俺はその原因について、美坂に聞くことにしたんだ。
「待てよ美坂！」
呼びかけても、止まろうともしないでどんどん進んでいく。
「待てって言ってるだろ！どうしたんだよ！？最近のお前、なんか変だぞ！？」
何とか校門のところで美坂においついて、無我夢中で美坂の腕を掴んでいたんだ。
「なによ！？北川君には関係ないでしょ！？」
俺の掴んだ手を振り解いてこっちを振り向く。
そのときの美坂はいつもとは確実に違う、いままで見たことのない顔だった。
下校途中の生徒も数人ではあるが回りにいた。
美坂の声にびっくりしてこちらを何事かと見ていたんだ。
俺はその視線にあせりを感じて、
「ちょ、美坂落ち着けって・・・」
あせった俺は、何とか美坂を落ち着かせようとした。
少したって、落ち着き始めた美坂をつれて、近くにある公園に向かった。
公園に着くまでさほど時間はかからなかったが、それまでの沈黙のせいか、いつもより長かった気がする。
公園に着いたら、近くにあったベンチに美坂を先に座らせて、確認してから俺も座った。
「どうしたんだよ美坂・・・最近へんだぞ？」
「・・・」
美坂は、俯いたまま何も言わない・・・
そのただならない美坂の雰囲気に、俺も緊張してきた。
それからどれくらい経ったんだろうか・・・空の色が段々と淡いオレンジ色に染まっていた。
この沈黙を破ったのは俺じゃなかった・・・美坂のほうだった。
「実はね、最近嫌なことがあったの・・・とても嫌なことが・・・」
ゆっくりと美坂から出てきた言葉がそれだった。
その言葉は、俺にはなぜか、とても切なく感じたんだ。
「そうか、それで？なんで早く帰ろうとするんだ？」
「それは・・・」
何か聞いちゃまずかったのか、美坂の言葉がにごった。
「いや、いいよ。いえないんなら言わなくてもさ・・・」
「・・・ごめん」
また少しだんまりが続いた。
こんどは俺のほうが先に話し掛けた。
「俺、実はな・・・小学校の時にイジメにあってたんだ。毎日がいやでたまらなかった」
そん時、正直なにを言おうとしたのかわかんなかったよ。
とにかく美坂に元気になってもらおうとしてたんだ。
「毎日毎日、学校が終わったらすぐに家に帰ってから、漫画とか一人で読んでたんだよ。
その時は、一人でいることが寂しいなんて思わなかったよ」
美坂はそれをじっと聞いていた。
俺は一息ついて続けた。
「でもさ、今は一人でいたら寂しいし、それが辛いんだよ。何でかわかるか？」
俺は美坂のほうを向きなおした。
「この学校に来て、水瀬と出会って、そして美坂と友達になれたからだ。もし、美坂たちに会えなかったら、
暗いままの俺だったんだろうな・・・ほんと、ありがとな美坂」
ありがとうの言葉を聞いた美坂がこっちを向く。
美坂の目には涙がたまっていた。
「・・・なんで？何でありがとうなのよ・・・私は何もしてないのよ？・・・」
そういったとたん、目にたまっていた涙がぽろぽろとこぼれ出したんだ。
俺はその涙をみて少し焦った。・・・いや相当、焦ったな。
俺は少しあたふたと周りを見晴らしてから、なぜか誰もいないのを確認してから美坂のほうをみた。
「わ、ちょ、み、美坂？」
美坂が俺に寄りかかってきて、さらに混乱までした。
「ちょ、み、美坂。な、なぁ・・・」
寄りかかっている美坂に触れることも出来ず、ハンズアップ状態で話し掛けていた。
それから少したって、少し落ち着いた美坂がいた。
何にもできない俺は、横に黙って座っているだけだった。
「香織ぃ〜、北川くぅ〜ん」
すると、少しとおくから俺と美坂を呼ぶ声が聞こえてきた。
その声がするほうを美坂と俺が振り向いた。
その先には見慣れた顔が近づいてくる。
その声の主は、水瀬だった。
陸上のクラブ活動が終わったあとだったんだ。
美坂は、少し俯いたと思ったら立ち上がって水瀬の方に駆け寄った。
「ごめんね名雪・・・心配かけて・・・ほんとごめんね」
「いいよ香織・・・元気出してくれればそれでいいんだよ」
また泣き出す美坂を、優しく包む水瀬・・・。
その姿をみた俺は、ものすごくほっとした。
「！・・・そうだっ！！」
俺はいきなり大声を出して立ち上がった。
「美坂、水瀬・・・今日俺んちで飯食っていけよ。ここから近いし、もう遅いんだし」
それにびっくりした二人は、こっちを向いている。
「そうだよ、鍋だよ鍋！こんな日はパァーッと鍋だ！」
まだ状況が飲み込めていない二人をよそに、俺は一人で盛り上がっていた。
「それじゃ行こうか！」
そういうと、強引に二人を連れて俺の家に向かった。
自宅から学校までの距離の関係で、俺は今は一人で暮している。
そして、その日は三人で鍋をつつきながら楽しく話したんだ。
その日から美坂はまた明るくなっていつもどおりに戻った。
それからまた、三人は仲良くなったんだ。
【現在・２学年冬】
「そして相沢がくるまで三人組として活動してたわけだ・・・めでたしめでたし」
「へぇ〜・・・って、その言い方はなんか俺が邪魔もんみてぇじゃねぇか？」
「そうか？相沢が来てより一層楽しくなったんだけどな」
「そ、そうか？」
話も終わった頃には、もう弁当の中身も空になっていた。
「そろそろ、チャイムが鳴るわね。教室に戻りましょうか」
なにげに持ってきていた鞄から携帯を取り出して時間を確認した美坂がその場を立つ。
弁当もちゃんと風呂敷に包んで直してある。
その隣では、少しゆっくりとした面持ちで水瀬が弁当に風呂敷をかける。
俺と相沢はとっくに弁当は片付けてあった。
水瀬以外は、みんな立っていた。
「おい名雪、早くしろよ・・・もういっちまうぞ」
「あぁ、待ってよ祐一ぃ〜」
相沢が水瀬を少し茶化しているのをみて、俺と美坂が笑う。
今の俺にとっての幸せって今この四人で過ごしている楽しい時間かも知れない・・・
そう思うと、いままで以上にこの時間を大切にしていきたいと思う。
そして今日も、俺と相沢、水瀬、そして美坂の四人は楽しく今を過ごしている・・・
The END
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