make bread,eat shorts
ノートを借りに半ば意図的にノックを忘れて名雪の部屋に入ったわけだが。
そこで待っていたのはお約束の着替え途中でいやんばかんえっちな展開ではなく。
パンツを鑑賞中の名雪の姿だった。
しかも紫でスケスケでレースでヒラヒラ。
目を細める。 まだまだいちごやけろぴー柄のお子様パンツをこよなく愛しているかと思えば。
父性愛がそそり勃つ。 背伸びしたいお年頃なんだなぁ。
「わ、わ、わ」
「慌てることはないよ名雪… 大人の階段昇る君はもうシンデレラさ…」
自分でもよくわからないけれどそれっぽい台詞を優しく囁く。
名雪の頬が真っ赤に染まる。
その可愛らしい反応に思わず続ける。
「死ぬほど似合わないけどな」
ぼふっ。
けろぴーが顔面に叩きつけられた。
「ブーブー」
あまりの興冷めな事実にブーイングが起こるもむべなるかな。
紫のパンツ、勝負下着の一つも持ってない名雪のために去年の誕生日に陸上部の友人に贈られたものだそうで。
素敵な友人を持っているのはいいが、このそそり勃った父性愛をどうすればいい。
ブーイングにして出すしかなかろう。だから。
「ブーブー」
「うるさいよ、だいたいノックもせずに女の子の部屋に入ってこないでよ、祐一のばか、すけべ、えっち」
「うるさいよ、だいたい自室でこっそり眺めるくらいなら履けよ、名雪のムッツリ」
ばふばふばふ。
けろぴーで殴られる。
「こんなのお母さんに見つかったら大変だからどう処分しようか途方にくれてたの！」
「どう大変なんだ」
遅い来るけろぴーを肘で撃退しながら問う。
「お赤飯炊かれる」
「困るか？」
「にこにこされる」
「困るのか？」
「町内に自慢話される」
「困るだろうなそれは」
貰い物だから捨てるのもなんだし、だからといって隠し続けられるとも思えないし、と困り顔の名雪。
二人してパンツを囲み、頭を悩ませる。
俺が悩ませる必要はないのだが、せっかくえっちなパンツ、無駄に腐らせては男がすたる。
しかし、何度見ても名雪に似合わないパンツである。
こんなパンツが似合いそうなのは。
「ふむ、香里に似合いそうだからプレゼントしてやろうか」
「私が手渡すのは嫌だからね」
即答である。
俺だって自殺と同義なその行為を実行するのは嫌だ。
もったいない、こんな適材適所はそうそうないのに、香里のために選ばれたかのようなパンツ――
「あ、いいこと考えた」
「なんだかわからないけど絶対ロクなことしない気がするよ」
うるさい。
「ともかく、こいつは貰っていくぜ」
「履くの？」
「履くか」
次の日。
学校。
「時に北川」
「なんだ相沢」
「パン、ツクったことはあるか？」
「お前は小学生か」
こちらを一瞥すらせずに吐き捨てる。
ムカつく。やはり情けや容赦をかけるべきではなかろう。
だから俺は告げる。
「ここに香里のパンツがある」
ぎゅるりんと椅子ごとこちらを振り返る。
俺の手の中の紫の布切れを見て、目を見開く。
まばたきひとつせずに凝視、ゆっくりとだが確実に鼻先が近づいてくる。
良い食いつきだ。
俺は大きな満足感を覚えながら、荘厳に告げる。
「パン、ツクってみたいと思うかい？」
はぁ、はぁ、はぁ。
荒い息遣いが内部の葛藤を語る。
流れる油汗を止めることもできず、その紫のレースを凝視する。
人間を止めて獣となるか、漢北川。
「なにやってるの？」
イレギュラー発生。
香里本人が来た。
バレたら殺される。
だがしかし、俺の脳裏にはその絶体絶命すら利用する素敵過ぎる計画が瞬時に練りあがったのだ。
人間、追い詰められると何を思いつくかわからないもんだ。
「なぁ、香里」
「？」
「パン、ツクったことある？」
思いがけない質問に面食らった様子で、だが香里は答える。
「え、あ、うん、パンを使った料理ならあるけど、パンそのものを作ったことはないわ。 作ってみたいとは思うけど、それがどうしたの？」
「マジかよっ！？」
「え？ えぇ、だからそれがどうしたの？」
「お前のような優等生が！？ パン、ツクってみたいって、教室で堂々と言い切るのか！？」
「なんなのその言い方」
北川が立ち上がる。
北川が勃ち上がる。
あの香里が、成績優秀で冷静沈着な香里が放った猥語が奴に火をつけた。
猥語かどうかは微妙だが、奴の脳裏で繰り広げられていた葛藤、間抜け面でパンツを食う自分の想像図が、恥かしげにパンツ食う香里にすりかわったのだろう。
マニアック、そしてエロティック。 恋する男が勃つのには十二分過ぎた。
もはや北川は、己を縛る全ての鎖を解き放った野獣。
さぞかし愉快なリアクションをしてくれるに違いない。
この一瞬、大笑いのために俺は頑張ってきたんだ。
北川が叫ぶ。
「俺のパンツ食ってくれえぇっ！」
絶叫に教室が静まり返る。
全員が北川に注目する。
北川が叫ぶ。
「俺もお前のためにパンツ――喰ってみせるからぁっ！！」
それから俺らも大人になった。
懐かしい学校の前に足を止め、名雪とともに語り合う当時の話。
一番思い出深かったのはパンツの話だった。
あれから北川と香里は。
「まさかあれでプロポーズになってたなんてね…」
「しかも香里も受けるなんてな…」
二人で微笑む。
そして無言のまま、かつての学び舎、懐かしい教室を見上げる。
あのころと変わらない教室、まるで懐かしいあの日の、みんなの声が聞こえてくるようで。
まるであの頃に戻ったみたいで。
「名雪」
「なに？」
何気なく、呟くように言う。
「一生俺のパン、ツクってくれないか」
名雪は微笑んで答えてくれた。
「祐一も一緒にパン、ツクってくれるならね」
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