「待ってます」
ああ、なんて安っぽい言葉なんでしょうか。
そんな言葉ですべてくくれたらどれだけ楽でしょうか。
現実は違う。
私は一体何をしているんでしょうか？
私は一体どうすればいいんでしょうか？
私はずっとこのままなんですか？
このまま・・・つらいままで居続けるのですか？
どうして・・・
どうして私がこんなに苦しまなくてはいけないのですか？
もしも祈りが届くなら
今でも、あの時どうして私があんな行動に及んだのかはわかりません。
「あの子のお知り合いですか？」
たった一言。
その一言が、私を嵐の中へ飛び込ませました。
いろんなことがあった。
でも、見ていてそれはただ私の後を追っているだけだった。
あの人は私と同じ運命を辿る、だから無駄。
そんな、自嘲的な思いもあったのかも知れない。
同じ境遇になるのをただ見ていようか、そんな風に思っていたのかもしれない。
だけど、違った。
私の時とは、あの子はまったく違う結末を見た。
それは、ある意味成就と呼べるかもしれない。
そして、もう一人、私と同じ結末を辿った人が生まれた。
そう思っていた。
でも・・・
あの人は強かった。
私なんかよりも、ずっと強かった・・・
すべてが終わった後。
あの人はあの丘へと毎日通うようになった。
私は、いつもそれに同伴していた。
同じ運命をたどった二人。
でも、私とあの人は違う。
「天野」
「・・・はい」
「・・・あいつ、帰ってくるかな？」
「えっ・・・」
予期せぬ問い。
それは、私がずっと昔に捨てた望み。
「帰って・・・くる？」
「ああ。なんとなく、そう思う時があるんだ・・・」
あなたは、それでもなお前を見つづけるんですね。
私と違って・・・
「どうした天野？」
「なんでもありません・・・」
そんなの夢物語です。
それこそ、お菓子が空から降ってくるのと同じ・・・
「信じてみようと思うんだ」
「帰ってくることを、ですか？」
「ああ」
言ってしまいたかった。
私はこれだけ待っていて帰ってこないのに、あの子が帰ってこれるわけがない、と。
でも、それを言ってしまうと、すべて失ってしまいそうで・・・
「信じてみるのも・・・いいかもしれませんね」
そんな、心にもないことを・・・
いえ、本当に願っていることを言葉にしました。
私だって、あの子には帰ってきてほしい。
またあの子に会いたい。
でも、それは果たされないのです。
果たされない・・・はずなんです。
なのに。
今ここにあるのは一体何なんですか？
「まこ・・・と？」
「祐一っ！」
抱きしめ合って、お互いを確認する。
それは、待ち望んでいた光景。
夢見た光景。
「美汐っ！」
今度はこちらに抱きついてくる。
その目に光る、一筋の涙。
私と同じく。
「会いたかった・・・会いたかったよぅ・・・」
「私もですよ・・・」
そう。
これでよかった。
待ち望んでいたことではないですか。
あるはずのないことだったことが、今ここに現実としてあるんですから。
戻ってきた真琴。
帰ってきた生活。
でも・・・
どうして私はそれでもなお足りないと感じるのでしょうか？
真琴は以前のように水瀬家で暮らすことになったそうです。
秋子さんや名雪さんがすごく喜んでた、と相沢さんは学校で話してくれました。
私は、その話を笑いながら聞いていました。
その話がとってもほほえましくて・・・それを語る相沢さんの表情がもっとほほえましくて・・・
本当に心から笑えていた、そう思います。
ただ、この時からだったのかもしれません。
私の中で、何かがおかしくなっていったのは。
「でね、また名雪が起きなくて・・・」
「ああ。おかげでまた遅刻するハメになるとこだったからな」
「でも、遅刻しなくてよかったじゃないですか」
「そうなんだけどな・・・」
私たちは、毎朝こうしてなんでもないことをしゃべりながら一緒に学校に行くようになりました。
真琴は学校ではなくバイト先ですが、わざわざ遠回りしてついてきてくれます。
今日もまた始まる、いつも通りの一日。
「じゃ、真琴はこっちだから」
「ああ、気をつけろよ」
「うんっ！ ばいばい！ 祐一、美汐！」
分かれ道に差し掛かり、真琴は別の方向へ。
そして私たちは学校に。
「じゃあな、天野」
「はい」
新しい毎日。
もう来ることがないと思っていた日々。
それは、今私の目の前に。
幸せです。
幸せなはずなんです。
幸せでないといけないんです・・・
「相沢さん」
「どうした？」
「あの子は・・・真琴は帰ってこれました。
でも・・・どうして私のあの子は帰ってこないんでしょうか？」
「えっ・・・」
「・・・ごめんなさい。なんでもないです」
「あっ、おい！ 天野！」
何もいわず走り出す。
出された答えに満足できなかったから。
・・・満足できる答えなんか出るわけがないとはわかってます。
それでも、聞かずにはいられませんでした。
今のこの状況を、相沢さんと真琴の幸せを壊したくなかったから・・・
その日から―相沢さんにあのことを聞いたその時から―私の中を何かが侵食していくのがわかりました。
初めは、気にしなければ気にならない程度でした。
真琴は以前のように学校まで来て相沢さんの帰りを待つようになりました。
相沢さんは面白半分、からかい半分、ほんの少し本気で私をわざわざ部屋まで迎えにきてくれます。
おかげで私と相沢さんが付き合っているという噂がすでに教室中どころか学校中にまで広がってます。
最初のころは否定していましたが、相沢さんはそれでも迎えにきてくれるので無駄とわかってやめました。
そうして、私たちは行きと同じく３人で帰ります。
「あー・・・」
「どうしたんですか？」
「いや、もうすぐ試験だからな」
「相沢さんには受験も控えていますしね」
「そうなんだよなぁ・・・」
相沢さんももう３年生。
でも、悪いとは思いますが忙しそうには見えません。
少なからず浮かれているのかもしれません。
確かに、その気持ちも痛いほど・・・
「・・・・・・」
「美汐？」
「いえ・・・なんでもないですよ、真琴」
「ほんと？」
「はい・・・私、用事を思い出したので、これで・・・」
「そっか。気をつけろよ」
「相沢さんも」
私は、そう言ってその場を立ち去りました。
そうしないと、私は私を抑えられなくなってしまいそうで・・・
確かに私の心を蝕んでいく何か。
それは、確実に大きくなっていっています。
「おーい、天野―？」
「・・・はい」
「一緒に帰ろうぜ」
「今日は、用事があるので・・・」
「また用事か・・・」
「すいません・・・」
昨日、一昨日と私は相沢さんや真琴とまともに会ってすらいません。
朝は二人に会わない時間に登校し、帰りはこうして相沢さんの誘いを断ります。
「なあ、おまえ最近どうしたんだ？」
「なんでもないです・・・」
いつしか私の中を占め始めた思い。
あの二人と一緒に居たくない・・・
顔を見るだけでもつらい・・・
どうしてなんでしょう？
私自身にもわからない理由。
けれど、たった一つわかること。
私は、確実に蝕まれている、ということ・・・
［祐一視点に切り替え］
「天野は？」
「今日は来てません」
教室を掃除していた二年生が言った。
「・・・どうしたってんだよ・・・」
最近、天野が姿すら見せない。
朝も会わなくなったし、昨日までは用事とかで一緒に帰れなかった。
そして今日は学校に来てすらいないという。
いったいどうしたってんだよ・・・
とりあえず、今日はあきらめて真琴のところへ行く。
「あれ、祐一、美汐は？」
「今日は休みらしい」
「えー・・・つまんない・・・」
「しょうがないだろ。あいつだって風邪くらいひく」
ただ、天野の様子が最近おかしいのが気になる。
明らかに、前よりも元気がない。
俺が最初会ったころに戻っている、そんな感じだろうか。
「祐一・・・」
「大丈夫だ。天野はそんなやわじゃないさ」
自分ではそう言ってみるものの、不安は拭い去れない。
「美汐・・・」
「こら、おまえまで元気なくしてどうする？
お前は元気だけがとりえなのに」
「あ、ひどい！ まるで真琴が元気だけしかないみたいじゃない！」
「違うのか？」
「違うわよぅ！」
からかってみるとようやくいつもの真琴に戻る。
だが、心配なのは真琴も同じらしい。
なにせ、一番の親友のことだからな・・・
だが、お互いにそれ以上は言わず、後はとりとめのない話をしながら家に帰った。
「美汐、来ないね・・・」
「そうだな・・・」
学校への行きしな、いつも天野と合流する角。
だが、今日もまた天野は姿を見せなかった。
「もう行こう。でないと遅刻する」
「でも、美汐が・・・」
「風邪が長引いてるんだろ。あいつはおまえみたいにあれじゃないからな」
「あー！！ あれって何―！！」
「さあ、なんだろうな？」
「こら！ 待ちなさい祐一―！」
分かれ道までの残りの距離を走る。
あるいは、俺自身への問いをごまかしただけなのか。
天野は、ただの風邪なんだよな？
最近様子がおかしかったのも、きっとそのせいだよな？
とにかく、今の俺にできることはあいつを信じるだけ。
真琴と別れ、重い気分のまま俺は遅刻寸前で学校に着いた。
その帰り。
俺はいつものように天野のクラスまで出向くが・・・
「天野さん？ 今日も来てませんけど」
「何で休んでる、とか聞いてるか？」
「さあ・・・なにせ、担任ですら聞いてないみたいですし・・・」
担任ですら？
つまりは、休むという連絡を入れてないということか。
「なあ、天野の住所って知ってるか？」
「え・・・私は、ちょっと・・・」
「いや、わからないんだったらいいんだ」
とりあえずさっき捕まえた二年生に礼を言って教室を後にする。
おかしい。
もし天野がただの風邪だったとしたら絶対に学校に連絡は入れるはずだ。
しかし、それすらもない、ということは天野は風邪以外の何かで休んでいるということになる。
・・・ずる休み、とも取れる。
とにかく、どうして天野がそんなことをするのか、理由が知りたい。
俺の知らない場所で何かあったのか、あるいは誰かにいじめられでもしたのか・・・
だが、今はそれを知る術がない。
担任に聞くのもいいが、変に疑われたらシャレにならないし、かといって１年生に天野と親しい友人がいるとは聞いたことがない。
仕方なく、どうして天野がこんなことをするのか、理由を考えつつ真琴の待つ校門へと急いだ。
「どうもそういうことらしい」
「あう・・・」
先ほど聞いた話も真琴にもしたが、真琴は心配そうな顔をするだけでどうしたらいいのかわからないらしい。
「なあ真琴、お前、心当たりないか？」
「美汐の？」
「そうだ」
「ないわよぅ・・・」
いつもとは打って変わって元気がなくなる真琴。
美汐は真琴にとってそれほど大きい存在なのだ。
天野は、そんな真琴をわざわざ心配させるようなことをするだろうか？
普段の天野ならそれは絶対しない。
ということは、何かの事件に巻き込まれたのか？
とたんに体中を走り回るぞっとする感覚。
「どうしたの祐一？」
「あ、いや、なんでもない」
もしこんなことを真琴に話そうものならこの場で泣き出しそうだ。
それに、これはまだ可能性の一部でしかない。
とにかく今は情報がほしい。
「なあ真琴、おまえ美汐の家知ってるか？」
「あう・・・知らない・・・」
力になれないのがつらいのか、残念そうに言う真琴。
しかし、これで打つ手は無くなってしまった。
今、俺たちにできるのはただ待つことだけなのか・・・？
「あ、あのっ！」
不意に後ろから声がする。
そこには、うちの学校の二年生がいた。
「ん？」
そういえば、この顔見覚えがある。
確か・・・
「あの・・・これ、住所録です」
おずおずと一枚のプリントを差し出す二年生。
「あ・・・」
思い出した。
確か、今日天野が来てないかどうか聞いた二年生だ。
「わざわざこれを届けるために追ってきたのか？」
「はい・・・」
走ってきたのか、息が切れている。
「天野さん・・・」
「え？」
「天野さんを、お願いします」
「・・・ああ、まかせとけ」
いじめにあっているのかもと思いもしたが、少なくともこういうやつがクラスに中にいる時点でそれはない。
こいつは、天野を心配してくれているのだ。
俺たちは、差し出された住所録を頼りに、天野の家へと歩き出した。
「・・・ここ？」
「ああ、間違いない」
表札にも「天野」と書いてある。
俺は、ためらうことなく玄関先のチャイムを押した。
ぴんぽーん、と無機質な音が鳴る。
そののち、家から現れたのは・・・
「はい、どなたでしょうか？」
天野の母親と思われる人物。
「あの、お宅の美汐さんの知り合いなんですけど・・・」
「ああ、どうもお世話になってます」
この母親の反応を見るに、なにかも事故に巻き込まれたわけでもないらしい。
とりあえず一安心だ。
「それで、どうしました？」
「あの、最近天野が休んでるんで、どうかしたのかと思って」
「え？ あの子今日も学校に行ったはずですけど？」
「はい？」
「あの子は今日も学校に行きましたけど」
「でも、天野は昨日から休んでて・・・」
「あら、そうなんですか？」
一体これはどういうことだろう。
天野は家にいたんじゃなかったのか・・・？
「あ、あの・・・」
隣にいた真琴がおずおずと質問する。
「はい？」
「美汐・・・様子がおかしいとかなかったですか？」
「様子が？」
「はい・・・」
驚いた。
いつもは人見知りして他人に声をかけるなんて滅多になかった真琴が・・・
「そういえば、最近様子がおかしかったような・・・」
「あの、具体的には？」
「いえね、一時期明るくなったかと思えば、最近また前みたいに戻っちゃって・・・」
戻った？
前みたい・・・つまり、誰にも心を開かなかったあの時。
だが、真琴のことがあって以来、少しずつ他人にも心を開くようになった。
その証拠に、あの二年生は天野を心配していたじゃないか。
だとしたらどうして・・・
「あの、天野はまだ帰ってませんか？」
「ええ、昨日はもっと遅くに帰って来たけど」
「そうですか・・・どうもありがとうございます」
「いえいえ・・・ごめんなさいね、わざわざうちの娘のために・・・」
天野は家にはいなかった。
つまり、学校が授業をしている間、あいつはどこかで時間をつぶしていたはず。
しかし、あの天野が商店街とかで時間をつぶすだろうか。
あの天野が行く先。
それは、あそこしかない。
「ねえ祐一、もしかして美汐は・・・」
「わかってる、行こう」
「・・・うん」
真琴も考えることはいっしょだ。
天野が行く先といえば一つしかない。
ものみの丘。
俺と真琴の別れの場所。
再会の場所。
天野にとっても・・・きっと特別な場所。
なだらかな坂を登り、獣道を歩き、ようやく見えた一面開けた場所。
そこには、見覚えのある制服と人影。
「まだ寒いのにご苦労さんだな」
「・・・っ！」
驚きのあまりその場にへたり込む人影。
「あう、美汐・・・」
「・・・よくここがわかりましたね」
「おまえが行く場所といえばここしかないからな」
天野は、やはりここにいた。
だが・・・
「なあ、いったい何があったんだ？」
「・・・なんでもありません」
聞いても冷たくあしらわれる。
何よりその目が、俺とであったばかりの天野―誰にも心を開かなかった天野のそれだった。
「学校もずる休みしてるみたいだな？」
「相沢さんには関係ありません」
「天野・・・ほんとに何があったんだ？」
「関係ありません」
「答えろよ」
「なにもありません」
冷たい瞳と冷たい言葉で軽くあしらう天野。
このまま俺が聞いてもきっと答えてはくれない。
「ねえ美汐、どうしたの・・・」
「どうもしませんよ・・・」
「うそ。だって美汐なんだかつらそうだもん」
「・・・」
黙りこくってしまう美汐。
「ねえ・・・」
「いいんです、もう・・・」
「え？」
「もういいんです。もう・・・」
「おい、どうしたんだ天野？」
天野は、今までになかった悲しそうな顔をする。
それは、誰かと別れた直後のような、今にも泣き出しそうな・・・
「相沢さんは幸せです。
最後まで、自分を貫けたんですから。
それに、真琴だって・・・」
「え・・・」
「真琴？」
「相沢さんは、きちんと受け入れました。
だから真琴は帰ってこれたんです。
でも、私は・・・」
そうか。
どうして天野が真琴についてこんなに詳しいのか。
それは、過去に同じような経験があったからだ。
だが、両者には大きな違いがある。
俺のもとには真琴が帰ってきた。
だが、天野は違う。
真琴たちが時間を置いて帰ってくるのだとしたら、先に帰ってくるのは天野のほうだ。
つまり、天野の言うそいつは・・・
「これは、報いなんです」
「報い？」
「相沢さんは、乗り越えることができました。
でも、私は、私は違います。
もう二度とこんな思いをしたくないから、人と話すことも出来なくなって、孤立して・・・
逃げたんです。私は。
あまりのつらさに耐えられなくなって逃げてしまったんです。
だから、私のところには・・・」
「そんなことないよ！」
精一杯の声で否定する真琴。
「真琴・・・？」
「だって、美汐は真琴の友達になってくれた・・・
一人だった私の、友達になってくれた・・・
だから！」
「・・・・・・」
「それにな」
真琴が言葉足らずで言い出せないことを、俺が代わりに付け加える。
「今またこうして逃げてたら、余計に帰ってこれなくなるんじゃないのか？」
「・・・それは・・・」
つらそうな表情でうつむいてしまう天野。
気持ちは痛いほどわかる。
もし今も真琴が帰って来なかったら・・・
そう思うとぞっとする。
ましてや、天野はもう長い時間がたっているはずだ。
「どうして、なんでしょうか・・・」
「え？」
「だとすれば・・・どうしてあの子は帰ってこないんでしょう？」
「それは・・・」
不意に頭を殴られたような感覚。
小説とかによくあるような、頭がぐらつくような―そんな感覚。
あまりに鋭すぎる問い。
答えは・・・出ない。
「もう・・・いいんですよ。
運命なんです。人が出会うのも、別れるのも」
「だからって、それを否定したら・・・」
「私はもう傷つきたくありません」
「でも・・・」
「もういやです。これ以上、つらい思いはいやなんです・・・
相沢さんや真琴だって、いつどうなるかわからないんですよ？」
「それは・・・」
「誰にも触れなければ誰も傷つかない、そう思いませんか？」
確かにそうだ。
でもそれは、ただの臆病なんじゃないか。
自分が傷つきたくないから、逃げてるだけなんじゃないのか・・・？
「どうして、美汐・・・？」
「えっ・・・」
真琴は泣いていた。
すでに涙は頬をつたい、それでもなお新しい涙があふれ出てきている。
「それじゃ美汐は・・・真琴と友達じゃなくなるの？」
「・・・・・・！！」
今度は天野が、不意をつかれた顔をする。
「真琴は、美汐しか友達いないから、だから・・・」
「・・・・・・」
つらそうに目をそむける天野。
俺ですら見ない、真琴の泣き顔。
それは、たった一つの物を失うことへの恐れ。
「私は・・・」
「ごめん、美汐。
私が一人で帰ってきたから・・・」
「そ、そんなこと！」
「でも、真琴は・・・」
「違うんです。違うんです真琴！」
美汐が動く。
真琴を逃すまいと抱きしめる。
「美汐・・・」
「ごめんなさい、私は、真琴の気持ちも考えずに・・・」
「でも・・・」
「私は・・・もう逃げられないんです。
もしここから逃げたら、私はすべてを失ってしまいます・・・」
心を閉ざして、すべてを拒絶して、何も得ようとしなかった頃。
そして、勇気を振り絞って前に進んだあのとき。
そのときから天野はかけがえのないものを得ていたんだ。
俺に声をかけたあの時、ようやく逃げるのをやめたんだ。
「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」
「美汐・・・」
美汐は、大切な物を失った。
その事実から必死で逃げ回っていた。
そして、新しいものを得たのに気づかないままここまで来た。
だが、もうそれもない。
「私・・・馬鹿ですね・・・大切なものは、目の前にあったのに・・・」
そして、美汐は今その大切なものをぎゅっと抱きしめている。
今ここにあることを、確認するかのように・・・
「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」
真琴は、ずっと泣きじゃくる天野を支えつづけていた。
天野が泣き止むまで、ずっと。
「・・・ごめんなさい、心配をかけて」
「もういいって」
「うん、そうそう」
天野がようやく泣き止んだ頃には、明るかった空が真っ赤に染まっていた。
「なあ、天野」
「はい？」
「お前は・・・天野の言うあの子が帰ってくると思うか？」
「どうなんでしょうね・・・」
真琴は今ここにいる。
だが、美汐のあの子はここにはいない。
どうしてなのか、理由はわからない。
「でもな・・・」
「でも？」
「俺たちは・・・俺たちには、信じて待つしかできないんじゃないか？」
「そうですね・・・」
俺は、ずっと信じていた。
それがどれほど淡い希望であったかを知ってもなお。
だから・・・
「天野も・・・信じてみたらどうだ？」
「信じる・・・ですか？」
「ああ。希望をもって、信じて・・・祈るんだ」
「祈る、ですか・・・」
「ああ。それが、俺たちにできる唯一のことだからな」
「確かに、そうですね・・・」
「大丈夫、俺たちも一緒になって祈ってやるから。なあ、真琴？」
「うん！」
「・・・そうですね。
信じて、祈れば・・・」
いつか。
いつかは必ず。
俺が真琴に再び会えたように。
「届くといいですね・・・」
「ああ。きっと届くさ」
「はい」
「あ、一番星！」
「お、どこだ？」
「ほら、あそこあそこ！」
空を指差す真琴。
俺と天野はその指の先をじっと見つめる。
「ほんとだ・・・」
「でしょ？」
「あの一番星に、祈ってみましょうか？」
「お、いいな」
３人、星に向かって手を合わせる。
「どうか美汐のあの子が帰ってきますように」
「真琴、祈るってのは声に出さないようにするもんだぞ？」
「えー、そうなの？」
「別にかまわないと思いますよ」
「そうかぁ？」
「そうですよ、きっと」
３人、祈りの形はそれぞれ。
でも、もし捧げた祈りが届くのならば・・・
奇跡だって、起こせる。
俺たちは、星が瞬き始めた頃に、ものみの丘を後にした。
空に輝く星たちは、祈りをかなえたかのように光り輝いていた。
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