秋空は夕焼け、２つのあか
十月が過ぎて、もう十一月が間近に迫ってくる時期。
紅葉が葉を紅くしていき、木々が残った緑と赤や、またはた黄色で彩られる。
風はだんだんと冷たくなってきていて、確実に冬の足音が近づいてきているのがわかる。
今日の空は晴天で、雲が幾つか風に流されている。
時折に吹く風は落ち葉を舞い上げて螺旋を描く。
「あぁ…。俺って最近詩人…」
「あのね…。馬鹿言ってないで少しは考えてくれない？」
香里が不機嫌そうに言う。
百花屋のテーブルの中央にファッション雑誌が１つ。
俺と香里の目の前にコーヒーが１つずつある。
ここに俺がいるにもわけがあり…。
放課後、俺は名雪と帰るために校門を出たのだが…。
名雪が部室に忘れ物をしてそれを取りに行ったときだった。
校門に残っていた俺は突然現れた香里の猛攻を食らい、今にいたる。
まぁ要するに強制連行されたわけだ。
「これはどうかしら？」
「………ぅ〜ん…。どっちかっていうと俺はこっちだな」
ファッション雑誌の男物のページを香里はぶつくさ言いながら俺の意見を聞いてくる。
答えなければ鉄拳が飛んでくるのは言うまでも無い。
まぁ、こんな回りくどいことする理由はあらかたわかっている。
もうすぐ北川の誕生日なもんだからいい物をプレゼントしたい。
だが、自分は男物のことがわからないから俺を連れてきたところだろう。
「でもねぇ…。北川君…、こういう色の方が似合うと思うんだけどねぇ〜」
隠すつもりがないのか、それとも思わず考えたことが口に出たのか…。
そんなこと言う香里がすこし可愛く見える。
さっきまでは人を散々いたぶって強制連行してきた形相とは天と地の差だ。
「誰が天と地の差？」
「………」
きゃぁぁぁぁぁぁぁ！！
し、しまったぁぁぁ。
思ったことが口に出てしまったようだ。
香里の体から幾つもの拳が闘気として発せられている。
テーブルが揺れている。
コーヒーのカップがカチャカチャと震えている。
今日ほど自分の思ったことを口に出してしまう癖を恨んだ日はない…。
早くも俺は短い人生を閉じる覚悟をした。
「ま、それは置いといて」
「………」
た、助かった…。
ど、どうやら俺に構っている暇もないようだ。
寿命が１０年縮まったぜお母ちゃん…。
また香里の猛攻を食らったら今度こそ命はないだろうからな、うん。
声をかけられた瞬間に終わっていた。
瞬間に後頭部を回し蹴りで倒され、意識が朦朧としている間に鳩尾を蹴り上げて…。
空中に浮き上がった俺にそのまま正拳突きを打ち込まれ壁に叩き込まれた。
それから鬼のような形相で動けない俺に…。
思い出すだけでも鳥肌ものだ。
何十、何百のパンチを残像が残るほどのスピードで繰り出してくれた。
マトリ○クスだ。
強すぎる…。
「はぁ…。なかなかいいものって見つからないわね〜」
「別にそんなこだわることないんじゃないか？」
「いいえっ！どうせあげるんなら、完璧なのを選ばなきゃっ」
「そ、そうか…」
意外だった。
まさか香里がここまで一途な香里にびっくり仰天だ。
名雪もとことん一途なタイプだが、香里もそうだとは…。
ま、違う点はやっぱり攻撃力だよな…。
名雪はどっちかって言えば精神攻撃よりだからな。
しかしま、これだけ北川への誕生日プレゼントを真剣に考えているんだ。
これで北川が他の女の子といっしょに歩いていたら…。
そんなことを思いながら窓の外を見て…俺の思考はフリーズを起こした。
「………」
………北川。
なぜそこに女の子と一緒に歩いているのかな？
しかも２人…。
ネクタイの色からして２人とも１つ下だ。
ここまではいい…。
多分…ここまでは…。
だが、なぜそう馴れ馴れしく女の子の肩に腕を回しているのかな？
そしてなぜそんな、なはははははっ！！と高笑いしているのかな？
「………ぁ」
テーブルに視線を一度戻した俺は静かにコーヒーを取った。
そして頭の中で念仏を唱える。
南無阿弥陀仏…と。
俺の目の前で香里が窓の外に視線を送っている。
無論、外で恥知らずなほど高笑いしている北川へだ。
「………香里」
「なに？」
「ごめんなさい…いいです」
見てはいけない。
見たら死ぬ。
角だ…。
香里の頭の天辺から２本の角が出ている。
店員さんも他のお客さんもびっくりだ。
北川はそんなことを知らずに目の前を通り過ぎてしまった…。
「相沢君…」
「はい…」
「相沢君が入れるくらいの棺桶作っておいてくれる？」
なぜ俺に？
「返事は？」
「了解しました…」
そう言っている間に、北川が窓の外を横切った。
どうやらさっきの女の子とは帰り道が違ったらしい。
「棺桶…よろしくお願いね？」
「恨みを篭めて作らせてもらいます」
作るのは丑の刻がいいだろう…。
「いい心がけね」
「まぁな」
「お代、よろしくね？」
「あとで北川に請求する」
「そうね…。ふふ…うふふふふ…」
完璧に人の命を根こそぎ奪っていきそうな笑い声を振りまきながら香里は見せを出て行った。
気がつけば、客は俺一人になっていた。
北川…お前が悪いんだ…。
棺桶代はしっかり請求してやるからな。
香里が店を出て、俺もすぐに店を出た。
もとい…出された。
相当強烈だったせいか、店員が救急車で運ばれたため臨時休業になったのだ。
店内から漏れた救急隊員の声の内容からして…。
白目むいて泡吹いて、痙攣による呼吸困難…。
まるで生気を根こそぎ持っていかれたかのよう…らしい。
「はぁ〜」
どちらにしても今日は散々だ。
名雪はもしかしたらまだ校門で待ってるかもしれない。
すこし急いだ方がいいかもしれない。
この角を曲がれば校門だけど、歩いているより走った方がいいだろう。
そう思い、カバンを持ち直して走り出す。
すると案の定、校門で名雪が俯いて待っているのが見えた。
「名雪〜！！」
「………」
名前を呼んでも顔を上げてくれない。
やばいな、どうやら怒っているみたいだ。
不可抗力なのに…。
「はぁ、はぁ、はぁ…。名雪」
「遅いよ…。祐一…」
「ごめん…」
名雪が泣いている。
ずっと待っていたんだろう。
手がすごく冷たい。
「もぅ…。どこにも行かないで…。お願いだから…」
「うぉ…っと…。名雪？」
名雪が抱きついてきて、子供のように俺の胸に顔を押し付けている。
俺はそのまま名雪を抱きしめる。
「ぐす…どうして？どうして先に帰っちゃったの？」
「いや、香里に強制連行された」
「ぐす…ぐす…か、香里に？」
「あぁ…。北川の誕生日の件で相談があるとかいって有無言わさず連れて行かれた」
「香里、ひどいよ〜」
そう言いながら涙を俺の胸で拭いている。
どうやら事情がわかって安心したようだ。
名雪を怒らせると怖いが名雪は素直だから助かる。
「ぐす…、よかった。祐一がわたしを置いていったんじゃないってわかったから」
「そんなことするか」
「そうだよね…えへへ」
あ〜もぅ、どうしてこいつはこんなに可愛いんだろうか…。
拗ねたりするときはすごくはらはらする分、こういうときは顔も見れないくらい可愛い。
俺と同じ血が混ざってるとは到底思えない。
「な、なぁ…名雪…。人が見てるから、そろそろ離れてくれないか？恥かしい…」
「だめ。もうちょっとだけ…」
「やれやれ…」
日はもう傾いて、綺麗なオレンジ色に空は染められていた。
雲も、街も、俺も名雪も全てが朱に染まり、風も落ち葉を舞い上げて彩っている。
俺と名雪はそれを見ながら、手を繋いで帰路についた。
その頃別の場所では…。
ある男子生徒の悲鳴と共に公園が赤く染まっており、その近くには…。
嫉妬は赤い色で染まってるのよ…とあった。
秋空の夕焼けの日、幸せな朱と嫉妬の赤が街を染めていた…。
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