前を向いて
『――名雪』
下から自分を呼ぶ声に私は静かに目を開けた
「…………んっ」
いきなりの光の歓迎に思わず顔をそむける
太陽はすでに真昼の位置に上っている
昨日眠れなかったとは言っても、よく昼まで眠れたものだと少し関心した
「……雨でも降ればよかったのになぁ」
せっかくの休日
思わずそんな言葉が洩れた
そんな私の気持ちとは裏腹に、窓から見える景色には光が燦燦と降り注いでいる
『名雪ー！』
何の反応もない事に再び―声が掛かる
でも今度のは、まったく別な声
私の親友の……
それは階段を上がる足音と共に段々と近づいてくる
『名雪、入るわよ』
「……ん」
こちらの了解を得ないまま、ドアはゆっくりと開いていく
「香里……」
「うゎ。ホントに寝てたの？もうお昼過ぎたわよ」
私がまだベッドに入っている事に香里は呆れた様に腕を組んだ
部屋を飾る目覚し時計は当の昔になっていたけど、結局私は起きなかった
今はそれぞれが静かに時を刻んでいる
「いいよ香里………私もうちょっと寝てるから」
「はぁ？何言ってるの。相沢君は先に出たんでしょう、ほら起きてよ」
「………やっぱり、行きたくないよ」
起きようとしない態度に香里は布団を引っ張り出す
「もうみんな集まってるんだから、あんただけ行かないわけにはいかないでしょう」
「…………」
「……名雪？」
「私―――――どんな顔であの二人の前に会っていいかわからないよ」
「名雪…………」
その言葉に引っ張っていた香里の力が緩む
そう
退院祝いを兼ねて、みんなでどこかへ遊びに――――
今日はその約束の日だった
祐一はいち早く出て行ったけど
私は―――――
どんな顔をして会えばいいんだろう
*
『頼む、名雪。人手が要るんだ―――――探し物、絶対に見つけないと』
―――――あの日
―――――祐一からそうお願いされた日
―――――初めて祐一を心の底から憎んだ日
それでも…………私は首を横には振れなかった
そんな日だった
木々が淡々と並び続ける夜道
一体どこから探せばいいか、みんな困惑している中
祐一は一心不乱に土を掘り返し始めた
それを見て、みんなそれぞれ行動に移した
でも、その時私は―――迷ってた
――――――祐一が何を理由に探し物をしているかわからなかったけど
――――――誰のためなのかもわかっていたから
何でそんな事を、私に頼むの？
………ひどいよ
「なぁ相沢、ホントにあるのか？」
「ああ、絶対ある。…………確かに埋めたんだ」
「埋めた――――ねぇ」
話をしつつも祐一の手は休まることはない
「えぇ。こう広いと、ちょっとね」
それに―――
小さなため息をつき、香里は辺りを見回す
街頭を付ければ、どれだけ楽になるだろうか
奥にはまださらに木々が続いているけれど
黒いペンキで塗られたようにその先は見えない
端から見れば、私たちは不審者以外何者にも映らないだろう
そんな中、私たちはひたすら地面を掘り探し物を探す
どれだけ時間が経っただろう
ぁ――――
カツン
小さな金属音と共にスコップの先から、これまでにない硬い感触が伝わってきた
震える手で慎重に少しずつ土を払っていく
やがてそれは姿を見せる
小さなビン
中に入っているのは、汚れてぼろぼろになっているものの
笑顔が似合う天使の人形だった
――――――――――何で
ビンを持つ手の震えが一層ひどくなる
「ん？水瀬、そのビン………」
「………」
「おい、水瀬」
ポンと肩を叩かれ、私はぱっと顔をあげた
「――――ぁ……………」
「……………………………」
どう…すればいいんだろう
でも……
もし――――――――――――この人形が見つからなかったら
手が震える
寒さだけが原因じゃない
見ないで―――――――――見ないで！
「―――――ん……」
ふと、差し出される右手
「……ぇ？」
「『俺が見つけた』んだよな」
「ぁ」
そう言うと北川君は私から静かにビンを取ると、祐一を呼んだ
「おい、相沢！これじゃないのか！」
「――――え……そう、これだこれ！」
「へっへ。見つけたんだから今度なんかおごれよな」
「……………へぇ〜。さすがにこういう時には役に立つわね」
「お前は時々さらりとひどいこと言うよな……美坂」
……ありがとう
心の中でそう言い、私は少し背を向けた
涙をふき取り、痛む胸を抑える
こんな顔誰にも見せられない
二人がいなかったら私は……――――――――――嫌な子だ、私は
「でも、ずいぶんボロボロだな」
それでも
私はひとつの期待を抱いていた
「ねぇ、祐一……それ、私が直してあげようか？」
もしかしたら、断ってくれるんじゃないかって
でも――――――――――
「直せるのか？」
あぁ、やっぱり………だめだった
祐一のその笑顔の向こうにあるのは
――――私じゃない
だから、私に頼めちゃうんだよね
「うん、ほとんど作り直しになっちゃうかもしれないけど」
祐一の手から渡された人形
私は大切にそっと抱いた
そうだ……この時も雨が降ってくれればって願ったんだ
その日、私は声を押し殺しながら泣いた
こんなに声を抑えて泣くのが苦しいなんて初めて知った
そんな日だった
*
「あの人形ね、私が昔お小遣い貸して上げたから取れたんだよ。
何に使うかなと思ってついて行ったんだ……祐一は気づいてないだろうけど」
あんなに頼み込むから、どうしたのかなって
――――――――――――こっそり後をつけて
後ろ姿からでもよくわかった……すごい一生懸命になって人形を取ろうとしてた
もし知ってたら
「名雪……」
時計の針は、そう大して動いていなかったけどもう何時間もこうしている感覚に襲われた
何とかベッドから起き上がることはできたけど
私はまだ、そこから立つ気にはなれなかった
香里も気を使ったのか、私の横に腰掛ける
「あはは。ごめんね、変な話につき合わせちゃって……でもホント損な性格してるよね私って。
あの時貸さなかったら―――――――何か変わってたのかなぁ」
何で………
「何で私だけ……………私だけこうなっちゃったのかなぁ」
―――――あ、あれ？
「あは、あはは。おかしい…………よね、あの日あれだけ泣いたのに…………もう……これ以上出ないくらい
………もう、ダメなのかなぁ。」
拭っても拭っても後から溢れ出す涙に、私はどうすることもできずただ布団が濡れていくのを見ていることしかできなかった
今更泣いたって意味ないのに―――
「名雪」
横から自分を呼ぶ声が聞こえたかと思うと
突然ふわりと香里は私を抱きしめた
「か…おり？」
「私じゃ役不足かもしれないけど――――――親友に貸すだけの胸ならあるつもりだから」
そう言って香里は、やさしく子供をあやすように頭を撫でてくれた
ありがとう――――香里
「ううん……………全然……役不足なんかじゃない……………よ」
そっと香里に体を預ける
気がつけば私は――――――声を上げて泣いていた
「どう、落ち着いた？」
「…………うん。ごめんね香里」
あれからずっと、泣き終わるまで香里はずっと頭を撫でていてくれた
おかげで香里の胸元はずいぶん濡れてしまっていた
「いいわよ。でも、よくもまぁこれだけ泣けたものね――――ま、これでスッキリしたでしょ。さぁ行くわよ、名雪」
そう言うと、香里は軽くポンと私の頭に手を乗せ立ち上がった
「え……でも私」
「―――このままでいいなんて思ってないんでしょ。だったら立たなきゃ。それに……名雪、あなたまだ相沢君に言ってないんでしょ」
「…………でも祐一は―――」
「……相沢君が超鈍感なのはあんたもわかってるでしょ。態度なんかじゃなくてハッキリ言葉で言わなきゃ」
「………」
「それに――――七年間も想って来た事……このまま埋もれさせちゃっていいの？」
―――――――七年間――――――――
「今までの想い―――――全部嘘で終わっていいの？」
―――――――嘘、嘘――――――――
違う…違うよ
「違うよ―――――――――この気持ちは嘘じゃないよ！！」
「………はぁ、ちゃんと言えるじゃない。じゃあ私じゃなくて相沢君に言いなさいよ」
「…………ぁ」
呆れたような笑顔を向けられ私はようやく気づく
―――香里
「……ごめん香里」
「言葉が間違ってるわよ、名雪」
「……うん、ありがとう。私―――がんばるから」
本当にありがとう―――
がんばるから………どんな結果になったとしても
がんばるから………
「あ〜ぁ…もう泣かない泣かない」
「……ぅ〜、ごめん」
新しく流れ出た涙を、香里は親が子供をあやす様に拭い取っていく
「もしダメだった時は、今度は私も一緒に泣いてあげるから」
「か、香里……」
「ふふ、冗談よ――――――――――行くんでしょ？」
「うん！すぐ用意するから下で待っててね」
「了解」
軽く手を振り香里は部屋を後にする
「あ、香里」
「ん？何？」
「―――香里が親友でよかったよ」
「私もよ」
最後に笑顔を向け、ドアが静かに閉められる
そうだ
私、何もする前から諦めてたんだ
後悔するところだったよ
香里に……感謝しなきゃ
軽く頬を叩きベッドから立ち上がる
外はまだまだ明るい
行かなきゃ
大好きな人が待つその場所に
今日は―――――――――こんなにも晴れ渡っている
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