昔、どこかの誰かが言っていた。いや、もしかしたら何かの本で見たのかも知れないが。
とにかく、それは言われていりる通り、すばらしいものであった。少なくとも彼女は、川澄舞はそれを何にも変えがたいものだと思っている。
舞の性格から言って、回りくどいのは得意ではなかった。だから、ストレートに行こう。舞は恋をしていた。
正直、恋とはすばらしいものだと思った。なにしろ、自分を（少なくとも内面的には）ここまで変えてしまったのだから。好きだ、可愛い、と言われたいがために親友に化粧の方法まで習いに行った。
最初、どう切り出していいものかわからず、結局思考を読まれて散々からかわれた。顔を真っ赤にしながらも茶化しに耐え、何とか化粧方法を習得、道具を抱えて家路へとついた。
本来ならば、もっとゆっくり覚えるものなのだろうが、今は時間が無い。今日は水曜日、化粧が必要となるのは日曜日なのだ。
しかし、化粧を相手は気付いてくれるだろうか。鈍感な彼は、大抵は自分から言うまで気付いてくれない。
そもそもの始まりは今から半年前、学校で舞と祐一は恋仲になった。最初は二人ともそれになれずに、顔を赤らめて着かず離れずという状況が続いたが、最初に祐一がその状況になれたのだ。
慣れぬ舞は祐一に抱き付かれては恥ずかしさのため祐一に手刀をきめようとしたものだ。しかしそれも、祐一に再度抱きつかれ「愛してる」といわれただけでもう何もできなくなってしまうのだが。
つまる所、舞はしょっちゅう祐一に遊ばれているのだ。それも恋人だからこそ許されるものなのだが、祐一ばかり攻めに回るのはしゃくだった。
だから、舞は少し積極的になって、祐一をデートに誘った。普段祐一がデートのコースを決め、舞はそれにエスコートされるだけだったものだから、その舞の大胆さにはさすがに祐一も少し驚いた。
確かにこれだけでも祐一を驚かせたのだが、それだけでは満足できない。親友の佐祐理だって言っていたのだ。何も言えなくなるくらいびっくりさせちゃいましょう、って。
デートコースだって、既に万全を期している。いろいろなリストの中から選りすぐりの店だけを選び、佐祐理と一緒に予行練習まで行っていた。
何が言いたいのか良くわからなくなっていたが、要するにそれだけ意気込んでいるのだ。
作戦は単純。祐一をびっくりさせる、恥ずかしそうに真っ赤にさせてやる、そして、素直に「好き」って、「愛してる」って言えるようにする。
そして、祐一に思い切り甘える。きっと祐一は負けを認めて、彼女がどんな事をしても許してくれるだろう。前に一度してもらった「抱き合う」前に耳たぶを噛む行為が、舞は好きでたまらなかった。
思わずそのときの事を思い出してしまい、舞は顔を真っ赤にさせて軽く俯いた。
「舞、どうしたの？」
隣にいた親友が、さほど心配なさそうに聞いてくる。自分の世界に入っていてすっかり忘れていたが、今は佐祐理に化粧の練習を手伝ってもらったその帰りだった。
舞は真っ赤になった顔をいそいで上げて、顔を振った。
「なんでもない」
「本当は祐一さんの事で頭がいっぱいだったんでしょー」
佐祐理は笑いながら舞の肩を肘でつついた。
「そんなことない」
「じゃあ祐一さんの事嫌いなの？」
「……嫌いじゃない」
「でもやっぱり、祐一さんの事考えてたんでしょ？」
佐祐理は小悪魔的な笑みを向けて舞の核心を言い当てた。今度こそ逃げ場の無いように。
佐祐理はりんごのような顔をした舞に向かって、茶化すように言った。舞はその言葉でよりいっそう顔を赤くし、照れ隠しに佐祐理の頭に向かいチョップをお見舞いする。その行動により、佐祐理の言葉を肯定しているようなものなのだが、舞はそれでも続けた。
「あいたっ。舞、痛いよー」
「しらない」
舞は頬を膨らませ、歩調を佐祐理がぎりぎり追いつくくらいまで早めた。佐祐理はそれに早足で追いつき、二人で夏の夜道を歩いていく。
佐祐理はいまだ機嫌の直りきらない舞の横顔を見て思った。正直に、多少浮かれるのは仕方ない事だと思う。何せ次の日曜は、舞にとって正真正銘の決戦なのだから。親友だからとかそういうものは無しにしても、舞には幸せになってほしい。
二人はそれぞれの思いを秘めながら、アパートへと帰っていった。愛しき彼が、最愛なる相沢祐一が待つ家へと。
ボーイフレンド
そして日曜日、舞は待ち合わせの時刻より３０分ほど早い、９時に家を出て行った。同じ家に住んでいるのだから一緒に出て行けば良いような気もしたが、佐祐理の断固たる反対によりそれは却下された。何でも、待ち合わせあってこそのデートだとか。
ちなみに祐一とは、昨日の夜以来合っていない。二人とも避けていたわけではなく、佐祐理が意図的にそうしたらし事だけを舞は知っていた。だから、祐一はもう出かけたのか、それともまだ家にいるのかすら舞は解らない。これも佐祐理のこだわりらしいが、こればっかりは親友の舞にも理解できなかった。祐一曰く、少女趣味らしいが、舞には理解できない。
と、いろいろな事を考えていた舞だったが、待ち合わせの場所に一歩一歩進むにつれてそんな余裕はなくなっていた。
思い返してみれば、初めて自分から誘ったデートなのだ。その事を考えると、動悸が激しくなり手のひらがじっとりと汗ばんでくる。視界すら狭くなった気がしてきた。
このままではいけない。今日は祐一をリードしなければいけないのだから。格好におかしいところは無いだろうか。今日のために佐祐理が選んでくれた、淡い色使いのキャミソールは、髪をストレートに下ろした舞にぴったりとあっている。それに化粧もあいまって、少女のような青さと大人のような艶やかさを併せ持った独特の雰囲気になっていた。鏡で何度も見直したのだ。少なくともおかしいところは無いはずである。
などといろいろな事を考えているうちに、待ち合わせの場所を少し通過してしまっていた。まだ時間に余裕はあるのだが、なんとなく急ぎ足になり待ち合わせへと戻った。
待ち合わせの場所、噴水にたどり着きはしたがまだ祐一は来ていない。そのおかげか、心には多少のゆとりができた。
軽く深呼吸をして、ベンチに座る。多分、祐一は時間ぎりぎりにならなければ来ないだろうから、まだ少し落ち着く時間があるはずだ。
目をつぶったわけでもないのに、急に視界が真っ暗になる。それと同時に、耳元に囁きがあった。
「だーれだ」
「つっっっ！」
あまりの事に、少し飛び上がってしまった。首筋に寒気が走り、急いで背後を向く。
「あー、まだ誰だか言ってないのに」
そこにはしてやったり顔の祐一がいた。
たしかに祐一が家を出た時間は知らなかったが、だからといって舞がこの位置まで来るのを予想し、ずっと待ち伏せしているとは思わなかった。
舞は驚きのせいで涙目になった瞳で祐一をにらみつけた。
「祐一」
「ははっ、悪かったって。それに、かわいい格好してるじゃないか。その格好に起こった顔は似合わないぞ」
「……ばか」
涙をためながらも赤くなった顔を祐一から背け、拗ねている事を体で示した。祐一はそれを見て、舞の手を握る。
「ほら、機嫌直して。今日は舞がどこかにつれてってくれるのを楽しみにしてたんだから」
舞は祐一の台詞を聞いても顔を戻さず歩き出した。ただし、手を強く握ってだが。
祐一はその様子に満足し、舞の横へと並んだ。
「おし、行こうか。それで、最初はどこにつれてってくれるんだ？」
「動物園」
舞は祐一の腕をつかんだまま駅のホームに入っていった。祐一を恥ずかしがらせてやろうと思った行動だったが、祐一は特に何も言わず笑顔で舞の後をついて行った。
ここまで祐一が冷静だと、逆に舞が恥ずかしかったが、まだこんな所でへこたれてはいられない。動物園が近くにある駅までは大体８駅。時間にして約３０分位だ。その間、ずっと祐一に寄りかかっていつもとは違うと言う事を示そうとした。
しかし祐一はその空気に恥じらいを覚えるどころか、むしろ楽しんでしまう。その上、首元に鼻を寄せられて「匂いが変わった。いい匂いだよ」なんて言われては、もう舞の完全敗北だった。
動物園に着いた二人は、当然の如く視線を集めた。今時若者が、それも容姿端麗な少女、容貌魁偉な少年が来るようなところとは、とても思えない。どちらかと言えば、スーツやドレスを着せてしかるべき場所にいた方が、よほど違和感が無い。
周りの人間の感想とは裏腹に、舞はとても充実していた。この時ばかりは祐一に仕返しをする事を忘れ、思い切りはしゃいだ。
次から次へと動物を見ていき、遅れて歩いてくる祐一に対して視線でせかす。祐一はそれに「動物は逃げない」と言いながらも小走りで舞に追いついていく。
いろいろな動物を二人で見て回った。キリンを見上げたり、ふれあいの場でウサギやリスを抱いたり、たまたまパンダの交尾に立ち合わせて少し恥ずかしくなったり。パンダの交尾を見てうつむいた舞を、祐一は「俺達だっていつもシてるだろ」なんて言った。そんなもんだから、舞の羞恥心は限界値を越えて早足にその場を過ぎていってしまった。結局、動物園でも祐一に遊ばれただけの舞だった。
動物園を出ると、時刻は１２を少し回っていた。昼食に差し支えの無い時間に舞は安心のため息を漏らす。パンダの件で予想より早く動物園を出てしまい、もしかしたらまだ食事には早いかと思っていたのだ。
舞は一枚のメモを取り出す。そこには、佐祐理が教えてくれたおいしいと評判のレストランの簡単な地図が書かれている。
呼吸を一つ入れて意気込んだ舞だったが、祐一はいきなり牛丼屋に入っていった。舞は祐一が自動ドアを開けるぎりぎりのところで祐一を捕まえるのに成功し、それを叱った。
舞が半分すねて、今日は私に任せる、と言ったら祐一は「ごめんごめん、悪かったよ」と素直に謝った。
レストランは動物園からいくらも離れていなかった。徒歩十分で着いたそこは、店内をイタリア風に仕上げたおしゃれな店だった。少し暗めの照明がレンガをベースにした店内にとてもあっている。
おいてある料理は基本的にパスタ系。本場ミラノで修行をしてきたシェフは、それこそ麺からピザの生地まで自分で作れると言うすごい人だった。
料金は少し高かったが、その程度の料金では申し訳ないくらいの料理が出てきた。付け合せは最高、どの料理も食欲をそそる匂いにもかかわらず、上品さは損なわれていない。
途中、祐一は舞の口元についたミートソースをそっと拭いた。祐一は舞を見て笑い、舞もそれにつられて笑った。
祐一は気づかなかったようだが、店長らしき人が心ながらサービスをしてくれていた事を舞は気づいていた。舞は心の中でそっとお礼を言うと、二人でその場を後にした。
次は映画を見る予定だった。上映している映画はラブロマンスもあったが、きっと祐一はこれを見ても退屈だと思いアクション物を選び出した。
また二駅ほど移動して映画館に行こうとしたが、祐一が何かを見て止まっていた。舞もつられて見てみると、そこでは二人組みが少し昔のフォークソングを歌っていた。
祐一は何も言わなかったが舞には解る。きっと、祐一も歌いたいのだろうと。だから、舞は少しだけ祐一を後押しした。それを聞いた祐一は、恥ずかしそうに「それじゃあちょっとだけ」と言いながら急いで二人組みに駆け寄った。
説得してギターを貸してもらった祐一は、早速歌を歌いだした。選曲はいろいろ。誰もが知っている有名な歌から、ロックを自分風にアレンジして歌ったり、二人組みのオリジナル曲に適当にギターを合わせていたりと様々。成り行きで一曲歌わせられた舞だったが、終わった後大勢の人から拍手を貰ったときはとても嬉しかった。
隣でギターを弾いていた祐一は親指を一本立てて笑い、舞もはにかむような笑いを返した。
二時間弱ほど歌った頃だろうか。舞と祐一は二人組みと、いつの間にか集まってきていた人たちに別れを告げた。ギャラリーの一人から「ねーちゃん、俺と一緒にいこーぜ」なんていう声が聞こえたが、祐一は「こいつは俺んだ」と言って舞を抱き寄せた。
舞は「俺のだ」と言ってくれる祐一が嬉しかった。だから、顔を真っ赤にさせながらも祐一の腰に腕を回す事ができた。
ギャラリーは舞の予想外の行動に口笛や熱いねぇなどと言う声が聞こえてくる。その行動は、祐一にとっても予想外だったのか、まるで舞のように顔を赤くした。
大きく手を振りながら街を疾走する。舞の手を絶対に離さないように、きつく手を握っていた。
風に撫でられながら、舞は気付いた。自分は祐一に仕返しがしたくて、恥ずかしがらせてやりたかったのではないと。
みんなに見せる笑顔、従姉妹にみせる呆れ顔、狐娘にいたずらされたときの怒った顔、病弱な娘を元気付けるときの顔、幼馴染をからかっている時の顔、佐祐理に見せるちょっと困った顔、そして舞に「愛してる」と言うときの男の顔。どれでもいい、いろいろな顔を見たかったのだ。
だから、舞は祐一にキスをした。掠めるような、触れたか触れないかも解らないようなキスだったが、祐一を驚かせるには十分だった。舞はその表情を見て笑い、祐一はしてやられたと言うような【苦笑】顔をした。
次の店は、実は舞も知らない店だった。佐祐理に、「デートに行くんだったら絶対にここを入れて」と言われて追加した店なのだ。
着いてみて、祐一と舞は唖然とせざるをえなかった。その店は、貸衣装屋だったのだ。
店に入って名前を聞かれたのでそれに答えたら、予約のですね、と言われた。そして、なんだか解らないうちに舞は連れ去られてしまった。きっと祐一も同じような目にあっただろう。
化粧台の前に座らされた舞は、軽くしていた化粧を全て落とされて新しいメイクを入れられた。服も全てを脱がされて、純白のドレスを着せられる。
全て整い鏡の前に出されて、やっと自分がどんな格好をしているのかわかった。それは、シンプルだが美しい、ウエディングドレスだった。
係員に案内されるがままについていくと、チャペルの内装をした場所で白いタキシードを着た祐一が待っていた。話によると、二時間だけかしきりにできるらしい。
舞が何かを言う前に、「佐祐理さんらしいな」と祐一が言った。舞もそれに同意した。
二人は他愛も無い話に華を咲かせ、いつもとは違う、それでいていつもと同じ時間を堪能した。そろそろ時間か、と思った丁度その時、祐一は舞いにキスをした。先ほどのように触れるだけではない、深い愛し合いを意味したキス。
キスも終わり余韻に浸っていると、先ほどとは別の係員が時間の終了を言いに来た。祐一と舞はそれぞれ別の出口から出て行くと、最初とは逆の手順で着ている貸衣装を脱がせてもらう。
店を出て祐一と合流した時には、既に７時を回っていた。祐一は「帰ろうか」と言ったが、舞はあと一箇所だけ、と言った。
祐一は舞の後ろを静かについてくる。舞がこれから向かうのは、今日の予定表にまったく記されていない場所。
誰かの手を一切借りず、舞い自ら白紙の地図に書き込んだ場所。
「舞、ここは？」
「秘密の場所」
舞は祐一の前に出ると、高台の最先端に立ち夜景を見下ろした。祐一も舞の横に並ぶと、一緒に夜景をみた。
実際、夜景は美しかった。都会のものとまでは言わないものの、ところどころ見えるライトがなんともいえない演出をしている。しかも、ここは星が見えるのだ。なんとも豪華な場所だ。
祐一たちの家からさほど離れていないそこは、山を登らなければいけない上にベンチ数個しか置いていないせいであまり人が来なかった。
「へぇ、すごい。どうやって見つけたんだ？」
「バイトの時に、偶然」
数ヶ月前、郵便配達をしていた舞が路に迷い、偶然見つけたのだ。バイクから降りて街を見たとき、その強烈な風に舞は心ごと持っていかれた。それ以来舞はたまにだがこの場に夜景を見に来ている。
「もっと来る」
舞は祐一の腕を抱き寄せてさらに前まで進んだ。かすかに流れる風が、前髪をかすかに揺らす。
二人で木製のフェンスを越え、がけに座った。
ただやけいを見て祐一が隣にいるだけ。それだけで舞は何もいらなかった。
「なあ、舞」
舞は返事をする代わりに祐一に体を寄せる。祐一はだまって舞の肩を抱いた。
「好きだよ。雰囲気に酔ってるとか、そんなんじゃなくて、舞だけを愛してる」
「わ、私も」
今なら、今なら言える。恥ずかしいからと言い訳をして、今まで先延ばしにしてきた言葉。祐一は優しい笑顔で言葉を待ってくれている。
臆病な自分は、いつも嫌いじゃないなどと言う無難な言葉で逃げてきた気がする。けど、それじゃあいけない気がした。祐一は何も言わないが、けっしてこのまま嫌いじゃないでいて良い訳が無い。胸元でこぶしを握り、心臓を落ち着かせる。
伝えたいのは「嫌いじゃない」ではないのだ。
そっと、手を重ねた。少しだけ、顔を祐一に近づけた。心拍数までも祐一と同じになった気がした。
「祐一が好き。嫌いじゃないじゃなくて、祐一が好き」
「な、なんかさ。解ってても、こういうのって嬉しいよな」
舞は照れ隠しに祐一の胸に顔をうずめた。きっと、祐一も同じような顔をして夜空を見上げているだろう。祐一の手がかかった首筋は、すこし痒く幸せのにおいがした。
祐一はそっと舞の顔を上げて、キスをした。今日三度目のキスだったが、絶対に一番愛し合えたキスだったと言える。
「愛してるよ」
舞はさらに赤くなり、チョップで反撃しようとしたが、やめた。
恥ずかしいからなんだと言うのか。そんなもの愛し合う二人の前では当然だ。だから舞も少し冗談めかしてみた。
「私も、愛してる」
今度は普通に言えた。上目使いで祐一を見る。祐一だけが赤くなっていて、少しだけおかしかった。
「ついに、舞に勝てなくなったなぁ」
そんな事を祐一は言った。
人は変わる。けど、舞はそれでいいと思っている。将来、また祐一にからかわれるようになっても、このまま舞が祐一を赤くさせても、きっと二人は繋がっている。自分にけじめをつけて、言った。自分が祐一に何を欲していたのかも知った。子供じみていたけれども、チャペルで愛を誓った。
舞と祐一をつなぐ数々の思いは、過去と現在を隔ててやがて未来への道となる。舞と祐一が通った道には、二人の愛の軌跡がある。将来どうなるかわからないなんて言いたくない。胸を張って、未来永劫、私たちは愛し合うと言いたい。
「祐一は私の」
「俺だって舞のものだよ」
祐一は立ち上がり、舞を手で引き寄せた。舞は祐一に引っ張られるままに体重を預けた。
「懐かしいよな」
がけから数歩、ちょっとした広さのあるところまで歩いた祐一は懐かしんだ。
「たしかさ、学校でも何度かこうやって夜空を見上げたよな。今だから言えるけどさ、俺結構、いやかなり怖かったんだよ。学校に行くまでにもう足がすくんでた事だって、一度や二度じゃなかったし。あの時は何でこんな思いしてまで行くのかって考えてたりしたっけ」
舞は何も言わず黙って聞いていた。祐一が何を言うのか、ちゃんと聞いていたかった。
「けどま、未来の彼女をほっておけるわけが無いわな」
祐一は広間の中心まで行くと、手招きで舞を呼んだ。それにつられて、舞も歩く。
祐一の右手が差し出される。体は、まるで本物の紳士のような振る舞いをしていた。
「お嬢さん、一曲お願いできますか？」
舞はどうしていいのか解らず、手を取れないでいた。祐一はそれを見て笑い、舞に言った。
「難しく考える事なんて無いよ。舞踏会の続きを二人だけでやりたかったんだ。別にへたくそでもいいからさ、俺と舞しかいないんだから」
祐一は再び紳士に戻り、舞の前で一礼、手を差し出す。
「さあお嬢さん、手を取っていただけますか？」
「……お願いします」
舞は礼をして、祐一の手に軽く手を乗せた。祐一が舞の腰に手を回し、ステップを踏む。
月が照らす中、星達の観客の中、暗闇の静寂の中、二人は踊った。うまくない、稚拙なその踊りは、なぜかとても魅力的に見えた。
「祐一、私は幸せ」
「なんだよ、俺が幸せじゃないとでも思ったか？」
「そうじゃない」
「ははっ、解ってるよ。これからはもっと幸せだ。舞が離れたいって言ったって、絶対に離してやらないからな！」
「私だって」
祐一は誰もいない夜空に向かって高らかに誓った。深く透き通っていくそれは、きっと月や幾千もの星がきっと聞き届けるだろう。
舞は全ての生命の母たる地球に向かって静かに声を透した。進む声は、いつかどこかの新しき命が知る事もあるだろう。
そんな事に意味は無い。幸せを手に入れるのは月でも星でも地球でも、ましてやどこかの新しき命でもないのだ。だが、願わくばそれを聞き届け、幸せの欠片を知らん事を。そして、我等が未来に幸多からん事を。
祐一がステップを踏み外し、舞が回転に失敗し、二人でひそかに笑う。
二人のために用意された特別ステージは、ずっと終わらない。
形なんて無くていい。絶対なんてあるわけが無い。
それでも、貴方だけは見失わない。
貴方で、良かったと思うから。
I Love Boyfriend
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