さらに次の日。ついにやってきた、実家へと帰る日。といってもどうせ２日程度だが。俺と香里は新幹線で俺の実家まで帰ってきたわけだが、。俺は拭い切れない嫌悪感を身に感じていた。それが何であるのかはこの時点では予想も出来なかった。別に俺に予知能力があるわけでもない。ただなんとなく、といった感じ。
「ここなの？・・・相沢君の家」
そして辛く、暗い過去に覆われた俺の家を目の前にしたとき、香里が何か奇異の目をしてそれを眺めているのに気づいた。
「そうだが・・・どうかしたのか？」
疑問を隠せない俺は、香里に問い掛ける。
「ううん、なんでもないわ。それより早く行きましょう」
「ああ・・・そうだな」
何かを隠している素振りが気になったが、俺はあえて流した。というよりもむしろ、それ以上口が動かなかった。
そして俺たちはその門を開けて、砂利を踏みながらゆっくりと戸まで歩く。沈黙と共に。二人とも何かを予感しているのか、もしくは緊張をしているのか、それはわからない、わからないがどうしてか動悸がする。俺は香里の手を取り、ぎゅっと握った。安心させるため、そして安心するために・・・
でも・・・どうして俺がこんなに動揺しなくてはいけないのだろうか・・・
ガチャ・・・
ドアを開けるとそこにはすでに母が居た。
「おかえり、祐一」
しばらく聞かなかった声。心なしか疲れているように感じる。
「ああ、ただいま、母さん」
これもまたしばらく口にしなかった『母さん』という言葉。
「あら、いらっしゃい。そういえば、まだお名前を聞いていなかったわね」
母は香里のほうを差してそう言う。
「あ、美坂香里です。お邪魔します」
「美坂・・・香里？」
母は奇異の目をして香里を見つめる。その表情は何かただならぬ物を感じさせた。
「どうかしたのか？母さん」
「・・・いえ、なんでもないわ」
母はそう言うと、また笑顔を作った。
「さ、くつろいでいってね」
そして、母はそのまま奥のキッチンへと消えていった。その様子を見ていた香里が俺に訊いてきた。
「どうかしたのかしら・・・」
「さあな」
俺もかなり気になっていたが、さっきの母の表情に何の意味があるのかわからない俺は、ただ相槌を打つことしか出来なかった。
「それより、早くあがれよ。ほら」
そう言うと俺は香里の手を取って家にあがる。懐かしいにおい、なんとなくそう感じた。二度と帰ってきたくないと思ったこの家でも、やっぱり俺の実家であることには変わらず、それは不思議な安心感と落ち着きを放っていた。
そしてやってきたのは俺の部屋。どうやら晩御飯はまだ出来ていないらしく、仕方なくここにきていた。とはいっても、俺にはこの部屋が自分の部屋だとはあまり感じられない。無理も無い。この部屋に入るのは本当に久しぶりなのだから。置き去りのベッド、家具、その他もろもろ。どうやら俺がここに居たころのままにしてあるようだ。殺風景なこの部屋にもどこか思い出の詰まった、そして憂いに満ちた感じがするのはそのせいだろうか。俺はしばらく立ち尽くし、無機質な模様に目をやっていた。
「どうしたの？相沢君。ボーっとして。自分の部屋なんでしょ」
そんな俺の様子を見ていた香里が、俺の眼をさえぎるように手をふっていた。
「ん？ああ、そうだな・・・でもな、俺がこの部屋に入るのは４年ぶりなんだよ」
そう、４年ぶりだ。なにせこの家には父が一人で居たのだから。その時俺は母と一緒に別居生活を送っていた。辛かった日々。でも、父といるよりよかった。何より母が元気だったから。本当はきつかったのだろうけど、俺の前では常に気丈に振舞っていてくれた。
「そうだったのね・・・でも、どうしてなの？」
「なにがだ？」
そう聴き返すとほぼ同時に理解した。香里が聞きたいのはどうして４年ぶりなのかという事。
「そう・・・だな・・・」
俺は言葉に詰まった、ここで香里に言っていいものなのかどうかを。今までは言う機会がなく、ずっと結果的には隠す形となってしまっていた事。だがその時はこう思ったことはいまだに覚えている、言ったとしても俺たちの関係が崩れることは無いだろう、と思ったことを。
「じゃあ、話すぞ」
香里には全て知っていてもらいたい、そういう気持ちが働いて、俺は話すことに決めた。
「ええ、いいわ。なにが・・・あったの？」
真剣な面持ちで、香里はそう言う。
「そうだな・・・まず、俺の家は父が原因で離婚しかけているんだ。これが第一の原因だな」
「どうして離婚なの？」
「父の借金とか、母の不倫やら、まあいろいろだ」
「そう・・・」
少しばつの悪そうな顔をする香里。どうやら聞くべきではないことを聞いてしまった、というような表情。
「気にするな、もう、過去のことだから」
そう言って少し疑問が浮かんだ。果たしてこれが過去のことなのかどうか、ということが。
「ええ・・・それで、それ以外には？」
「俺がこの家を嫌いになったからかな。なんていうか、いつもこの家は不幸に包まれているようで嫌だったんだよ。秋子さんのところに引っ越したのもそのせいだ」
「そう、分かったわ。ごめんね、変なこと聞いて」
「いいよ、別に」
そう言いながら、俺は香里の頭をなでてやる。こうしていると安心でき、また安心させてやることが出来る。
そしてちょうどその頃。
「ご飯できたわよ」
１階から聞こえる母の声。俺たちはその声を聞くや否や、階段を下りていった。
しばらくして、取り留めの無い話をしながら俺たちは晩御飯を食べ終えた。何気ないこのご飯時も香里は緊張していた。俺にはよく分からないが、香里に言わせると、彼氏の家でご飯を食べるというのはかなり緊張する物らしい。その後テレビを見たり、母に香里のことなどを話しているうちに時はすでに９時を回り、俺は風呂に入ることにした。
「ふぅ・・・」
湯船から上がる湯気と多くのタイルの中で、ゆっくりと体を湯につけていく。なぜか俺は疲労感を感じていた。まあ、こんなことは初めてだからということもあるからだろう。水面で映るゆらゆらとゆれる自分自身を見ながら、そんなことを考えていた。
コンコン・・・
それは風呂のドアをたたく音。誰かがドアの向こうに立っているのが見える。
「相沢君、入るわよ」
そういうと、俺が待ったをかける前にガラガラとドアを開けて香里が入ってきた。身に付けているのはバスタオル一枚。一緒に風呂に入ったことは何度かあるが、さすがにこの家で一緒に入ろうとされると、気が引けた。
「ちょ、ちょっと香里・・・」
「なによ、いいじゃない」
俺は慌ててタオルを巻こうとするが、時すでに遅し。香里は俺の横に入り、俺のほうへ身を寄せる。唯一救いなのはこの風呂が多少広いということだけだった。
「おい、やばいだろ・・・さすがに」
必死に俺は香里を出そうとする。
「ふふ、おばさんに入るように薦められたんだからいいじゃない。母親も公認って事ね」
そう言いながらさらに体を密着させる香里。香里とはもう何度もＨしてはいるが、こんな状況でくっつかれると妙にあせってしまう。俺は風呂を出ようと試みるが、よくよく考えると俺は真っ裸。この格好で立ち上がろうものなら、俺のモノが香里の目の前に・・・。結局、そんな事が出来ようはずもなく、仕方なく俺はじっとしておく。
「ひさしぶりね、一緒にお風呂に入るのは」
今度は抱きついてくる香里。ここまでされると、俺も我慢出来そうに無かった。
「な、なあ、香里」
「なに？」
そう受け答えながらも体を擦り付けてくる。これは間違いなく俺を誘っているようだった。
「俺を誘ってるのか？」
「さあ、どうかしらね〜」
「香里もエッチだな〜、前はもっと控えめだったのにな」
あえて皮肉たっぷりに言う。
「あら、相沢君はしたくないのかしら？」
香里は痛いところをついてくる。こう言われては反論のしようが無い。
「したいです。すいません、香里様」
「よろしい」
そしてどちらからでもなく顔を近づけて、ゆっくりと唇を重ねる。はじめは擦り合せるだけ。だんだんとそれを濃厚な物へとしていく。この慣れてしまった味。しばらくして、俺はタオルに手をかけてゆっくりと引き剥がしていく。たわわになるその白い裸体。俺は興奮と安堵の中で、その体に触れていく。そして・・・俺たちは・・・
・・・・・
・・・
「ばか・・・」
風呂から出た香里の第一声がそれ。しかし彼女がそう言うのも無理は無い。なにせ、いつに無く俺は盛り上がってしまい、結局何度もしてしまった。
「・・・すまん、でもおまえも乗ってたんじゃないのか？」
「そ、そう？いいじゃない、よかったんでしょ？」
「ま、まあな」
結局どちらも満足しているようで、実は香里もバカだと思うと、俺は心のうちでひそかに苦笑してしまった。そして俺たちはなぜか異常に暑くなった体を冷やすために、少し外へ出ることにした。
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