SSこんぺ No.028 : ”プレイ” (2/2)

　－プレイズ／０－

「佐祐理」

　彼は結婚してからわたしのことをそう呼ぶようになった。
　以前は『さん』付けで呼んでいたのに。
　それはそれで構わないけれど。

「はい？　何でしょう」

　聞き返すわたしに、軽く咳払いをしてから彼は言う。
　ちょっとだけ、照れくさそうに。

「あー、その、なんだ……決まったか？」

「そのことですか。
　はい。決まりましたよ」

　そう言いながら、わたしは腕の中のものを軽く抱きしめる。
　そこにある――いや、いるのは、赤ん坊だ。当然、わたしと彼の子供。
　決まったか、というのはこの子の名前のことだ。
　どういう名前にするかで、ちょっと揉めてしまったため、実はまだこの子は名無しのままだったりする。
　出生届けのこともあるので、名前を決めるには時間はそうかけられない。
　彼は最初に揉めた時から『もう佐祐理に任せる』と匙を投げていた。
　ということで、わたしが期限ギリギリの今日までこの子の名前を考えていたというわけだ。

「そうか。で、何て名前にするんだ？」

「『舞』」

　きっぱりとわたしは言い切った。
　別の名前も幾つか考えたけれど、やっぱり最後にはこの名前にしたかった。
　……そうでなければ、哀しすぎるから。

「……ん、いい名前だ」

　彼も気にいってくれたようでよかった。
　腕の中の赤ん坊――『舞』も、穏やかな顔で今は眠っている。

「なあ、何か由来でもあるのか？」

「……」

　尋ねてくる彼に、わたしは微笑みだけを返す。そうすれば、何も言えなくなってしまうことを知っているからだ。
　案の定、彼はそれ以上の追求はしてこなかった。

「『舞』……」

　愛しく、わたしは『舞』を抱きしめた。
　この子は『彼女』の生まれ変わりだ。誰がなんと言おうと、わたしはそう思っている。

『舞』という名を持った少女は、もうどこにも存在していない。
　かつてのわたしのように、その名を持った少女はこの世界から居場所を失ってしまった。
　彼女の居場所を奪ったのは、『倉田佐祐理』という名の少女だった。
　そして、その少女もまた、自分の居場所を失ってしまった。

　一体、誰が悪いのか？
　多分、誰も悪くなんかない。
　誰かのせいにするならば、どこかで歯車が外れた時、気づかずにそのままにしてしまった皆が悪いのだろう。
　そして、気がついた時にはもう誰にも修整不可能なほど、全ては狂ってしまっていた。
　結局、皆が皆犠牲になってしまっていた。
　誰に対するものでもない、自分自身のための犠牲に。
　そうすることによって、脆く崩れ去りそうな幸せにすがりつく。

　それでもわたしは後悔し、罪を償おうとする。
　どうしてもっと頑張らなかったのか。
　どうして狂った歯車を戻そうとしなかったのか。
　もしわたしがあの時行動していれば、『舞』は消えなかったかもしれないのに。

　この子にはわたしの罪の証を刻み込む。
　世界から自分で自分を消してしまった少女の名を背負って。
　それは、わたしにできるささやかな贖罪――。

「ずっと、一緒にいてください……」

　今もきっと、『彼女』は演じ続けているのだろう。
　わたしは祈らずにはいられない。
　どうか、『彼女』達の幸せが長く続いてくれますように――と。

　腕の中の『舞』が目を覚ました。
　泣かず、笑わず、ただじっとわたしの顔を見つめている。
　不意に視界が霞む。
　ほんの少しの怒りと悔しさと、堪えようのない悲しさと後悔に――。
　昔は流れなかった涙が零れ落ち、わたしは今、ほんの少しだけ泣いた。

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