海。
そして肌を焼くような強烈な日差し。
焼けた砂浜とごった返す人たちは、この北の地でも全く変ることが無かった。
「祐一さ〜ん！ 泳ぎましょうよ〜」
空を見上げていた視線を少し下げると、疲れを知らないかのように元気一杯はしゃいでいる栞の姿が目に入った。
それに対して、疲れたから少し休むという意味を込めて手を振った（というか、いま休みにビーチパラソルの下に入ったばかりだ）。
「つーか、彼氏を放っておいて、あんなにはしゃがれてもなあ……」
自分の存在意義が、かなり微妙に感じられてしまう。まあ、この前買った白いワンピース水着（勿論、透けてはいない）をじっくり眺めていられるだけでいいという話もあるが。
「産まれてこの方、海で思いきり遊ぶなんてこと無かったから」
「それはそうかもしれないけどな」
皆さん。今日も当然のようにシスコン女王・香里が着いてきています。
心の中で、虚しく広報活動をしながらも香里の姿に目をやる。
「なんで、海なのに水着じゃないんだ」
Ｔシャツを着ているだけのいつもに比べれば格段にラフな格好ではあるものの、水着には程遠い。
「水着を着れるほど、自信のあるスタイルじゃないのよ」
嘘だっ！
香里のスタイルで水着が着れないんじゃ、全国女性の９割は資格剥奪ということになってしまう。
「祐一さ〜ん！ ビーチバレーしましょうよ〜」
香里に資格剥奪されたとも知らず、そんな声と同時にビニールボールが投げ込まれて来た。
それを、あとちょっとだけ休ませてくれ、という意味を込めて避けた。
――ぼむっ。
「……」
避けたと言うことは、慣性の法則にしたがって動きつづけるわけで……その先にいた北川の顔面にもろに入った。
「っていうか、いたのかよ」
いままで全然気づかなかった。密偵か、こいつは。
「いや、香里の水着姿が見れなかったんで、妄想に集……」
どすっ！
北川のセリフはすべて終わることなく、腹部へ強烈な打撃が入った。腹筋に力を入れている状態ならともかく、完全にだらしなく弛緩していたあの状態は相当に効く。
「……」
というか、白目をむいている。
「まあ、お湯でもかけて３分待てば元に戻るわよ。それより、栞のところへは行かないわけ？」
「まあ、別に行ってもいいんだけど……」
いいというより、行くべきなんだろうけど、香里や北川の前だと、見張られているという意識以上に微笑ましく見られているという感じがしてむず痒い。
「祐一さ〜ん！ スイカ割りしましょうよ〜」
そんな声と同時にスイカが投げ込まれて来た。
スイカ！？
紛れも無くスイカ。それが砲弾の如くこっちへ飛んでくるっ！
「割ってくださいっ！」
「それ、スイカ割り違うっ！」
スイカに割られるわっ！
バンッッッッ！
とっさに避けたと同時に、凄い音が後ろのほうから聞こえた。
ゆっくりと振り返ると、例のスイカ弾は重量が全く違うにもかかわらずビーチボールと全く同じ軌道でビニールシート上の標的・北川 潤に炸裂した。
「……着弾確認。北川潤、中破」
こいつの意識、戻るんだろうか？
さらに深く昏倒したらしい北川を見て、少し悲しくなった。
「よし、ちゃんとしたスイカ割りやるか！」
少しなので、悲しみは一瞬でだった。
「これでもね、相沢君には感謝しているのよ」
「は？」
割ったばかりのスイカを食べていると、脈絡無くだされた香里の言葉に思わず変な声を出してしまった。
「栞にあの笑顔を取り戻させてくれたのは、間違い無く相沢君よ」
「……」
感謝の言葉。
だけど、最初に感じたのは違和感だ。香里は、急にこんなことを言い出すタイプだったか？
「別に、俺が何かしたわけでもないだろ」
「いいえ！ 相沢さんと私の愛の力で病を追い払ったんです！」
無意味に拳を握り締めて力説する栞。だけど、それより香里の様子が気になった。
「何かあったのか？」
「別に。ただ、保護者同伴デートを終わりにしようかと思ったのよ」
「そう……なのか？」
それは助かる。
おかげで、今まで出来なかった、あんなことや、こんな……。
「ほらほら、鼻の下伸ばさない」
「伸ばしてないっ！」
「……」
「ほらほら、栞もここは照れるところじゃないでしょう」
これくらいの事で赤くならないで欲しい。まあ、それが可愛いところではあるんだが。
しかし、北川の奴が昏睡してて助かった。こいつが起きていたら、ろくでも無い噂をろくでも無い方法でろくでも無い様に広められていただろう。
「で、なんか理由でもあるのか？ 彼氏でも出来たとか？」
「出来ないわよ」
あっさりと否定。
なんていうか、もう少し恥ずかしげに否定してくれても良いと思うんだが。
「妹としては少し不憫ですよね。お姉ちゃんも彼氏の一人や二人作れば良いのに」
シャクシャクとスイカを食べながら栞が続けた。いや、二人も作ったら二股だから。
「そんなガラじゃないでしょ？」
「でも、北川さんなんてどうですか？」
ごふっ！
栞の不謹慎な発言のせいか、後ろの方から何かを吹き出したような嫌な音が聞こえた。
「し、ししし栞ちゃん、一体何を……」
というか、北川のやつはいつの間に意識を取り戻したんだ？
気を失った振りをしてローアングルを確保してやがったな。
「栞、悪ふざけもいい加減にしなさい」
その事に気づいているのかいないのか、香里は栞に向かっていつも以上に不機嫌な声で言った。
「でもでも、北川さんのほうは満更じゃないって……」
「やめなさい」
「ほら、お姉ちゃんも食わず嫌いは……」
「やめなさい！！」
突然の怒鳴り声。
それはいまの平和な光景からは、出てくるはずの無い声だった。
だから、そんな声を出したのが誰なのか――一瞬、わからなかった。
「香里……？」
声を出した状態のままでいる香里に声をかけた。
「……ごめんなさい。大声出すつもりじゃなかったんだけど……北川君も嫌な思いをさせたらごめんなさい。北川君のことが嫌いってことじゃないから」
「あ、ああ……」
北川も呆気に取られながら返事は返すものの、いつもの飄々とした笑みはそこには無かった。
「ジュースでも買ってくるわね」
「ちょ、ちょっと待てよ」
言葉より先に走り出した香里の後をすぐさま追った。
香里の方も振り切る気は無かったのか、波打ち際まで来ると走りを止めた。
「ま、お節介な相沢君のことだから、来るとは思ったけど……」
ゆっくりとこっちに振り返った香里が言った。
「俺は別にお節介じゃない。ただ、気になることがあると放って置けないだけだ」
「それを学業の方に活かせてたら、あたしなんか抜いて学年トップになれてたでしょうにね」
なにやらしたり顔でいいつつ、「あ、やっぱりそれは無理か」等と失礼なことを言う香里は、既にいつもの状態に戻っている様に見えた。
「場を白けさせて悪かったわね。ちょっと機嫌が悪かったのよ。そこで興味の無いことを栞に持ちこまれたからちょっとね」
「そうか？」
「ほらほら、早く栞のところに戻りなさい」
それだけを言って、香里は人ごみのなかに入っていった。その後を追おうか少し悩んだけど、とりあえず栞の所に戻ることにした。
「北川さん、なにげにお姉ちゃんに嫌われてるんですかねえ」
「……」
戻ってみると、栞の言葉に北川が凹んでいた。
「あー、今日は機嫌が悪かったそうだからそう気にすることも無いだろ」
別に、北川ごときにフォローしなくても良かったのかもしれないが、どことなく本当に落ち込んでいるような気がして、慣れないことをした。
「ああ、女性限定・月一恒例のあの……」
バキッ！
なんだか、スイカ割りで使った木刀が頭丁部に当たって、どっちかが砕けたような音がした気がするが、特に気にしないことにした。
「人間、慣れないことをするもんじゃないな……」
そういや、スイカも人間も砕くと赤い液体が出てくるよな……とか、ぶっ飛んだことを考えつつ、その日の海水浴デートは終わった。
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