「はぁ…はぁ…はぁ…よ、よぅ」
「こんぐらいで息切れるなんて…運動不足なんじゃないの？」
「馬鹿…やろ…誰のせ…い…だと思って…やがる」
いつもと変わらぬ香里の姿があった。
とたんに安堵感で身体が満たされていく。
いつも通りに皮肉を言ってくれる香里に息切れながらも悪態をつく。
「フフフ…まあこれで勘弁してね？」
渡されたのは暖かい缶コーヒー。
俺が好きなブラック無糖だ。
「いきなり呼び出した詫びが缶コーヒーかよ」
「それ好きだったでしょ？それに名雪がこういう時は缶コーヒー渡せばＯＫだって言ってたからね」
「水瀬が？…大方、相沢を待たせた時に渡したりしたんだろ」
「あら知ってたの？」
「あの二人ならそうだと思っただけ…勘って奴」
俺は缶コーヒーのプルタブを空け少しだけ飲んだ。
冷えた体に暖かいコーヒーほど美味いものはない。
「ふふ…じゃあそれ飲んだら行きましょうか」
「…ぷはぁ…いや御馳走さん…美味かった…ＯＫ、行こうか」
俺は缶をゴミ箱に捨てて香里とともに歩き出した。
目指すは街の人々が『ものみの丘』と呼んでいる場所。
「うへぇ…相変わらず酷い山道だ」
コンビニからしばらく歩いてものみの丘に俺達は入った。
えらく勾配が急な山道で時間が時間だけに暗く薄気味悪い。
そこまで距離は無いのだがいかんせん足場が悪い。
雪が降り積もっていて足場が悪く、転びかける所を必死に堪える。
あらかじめ用意していた懐中電灯が無ければ間違い無くアウトだったろう。
「きゃあ！」
「っと！」
香里が転びそうになった所で俺が支える。
こんな雪でぐちょぐちょになった道で転ぼうものなら泥だらけになる事は決定事項だ。
女の子に泥だらけになられるのは流石に抵抗がある。
「貸し一」
「じゃあこの間ノートを見せてあげたのでチャラね」
「…フッ…ＯＫだ、お姫様」
「フフ…」
「ハハハ」
暗い山道だったが俺達二人はいつもの様に明るかった。
特に会話という会話が無いがこのままで二人とも満足だった。
（少なくとも俺は…か）
「ん？何か言った？」
「いや…何も言ってねえよ」
「そっか…」
「ああ」
（私だって満足してる…わよ）
「え？」
「何でも無い…」
香里が何か言った様だが聞き取れなかった。
香里は用があるならちゃんと言うだろうからそれ以上詮索する気も起きなかった。
「…もう少しね」
「ああ…だな」
目指す目的地は後少しだ。
かなり歩いた。２,３時間は歩いたと思う。もしくはもっと歩いたのかもしれない。
そしてついに長く続いた森の中から開けた場所へと出た。
「…ああ…久しぶりだ」
「ええ…風が気持ちいいわね…」
辺り一面に草が生い茂ており、そこから見る景色は街を一望できる素晴らしいものだった。
ちょうど朝日が昇り始めており、街が朝靄に沈んでいるような錯覚を見せる。
朝日の橙色もしくは黄色はこの景色をより綺麗なものへと仕上げをしている。
「……」
「……」
俺達二人ともに言葉が無かった。いや必要無かった。
この美しく…そして神々しくも見える景色の前では言葉は不要だ。
俺はこの景色をまた二人きりで見る事が出来たのが妙に嬉しく思えた。
ああ、俺はやっと約束を果たせたんだ…そう思った。
「…私」
「……」
「逃げてただけだった」
香里が呟く。俺は何も言わない。
「妹が…栞が死ぬって言われて…私はあの子を始めからいなかったって思う事にした」
「……」
「酷いよね…自分が悲しまない為だけに…」
それは香里の懺悔だった。
そしてそれを聞く事を許されたのは俺だけだ。
「私は…だから貴方に愛される資格なんて無かった…」
「お前にしてはひどく話が飛躍したな…」
俺はここで初めて言葉を言う。
香里は真っ直ぐに俺を見つめている。
俺も香里を見つめる。彼女の瞳は冷たく哀しいものだった。
「こんな私はいなくなってしまえばいいんだって思った」
「……」
「けどね…天使が栞を救ってくれたの…」
「……あぁ」
あゆが…と言おうとしてやめた。
香里はあゆの事を知る筈が無いのに余計な事を言っても意味が無い。
「そしたら私…怒られちゃった」
「栞ちゃんの幸せは香里さんの幸せでもあるんだよ…ってか？」
「え？…何で？」
香里が驚いた様な顔になる。
「俺の所にもそのお節介な天使様がやってきてね…お前を幸せにしてやれとか言われてな」
「……え？」
「こんな言い方は卑怯だな…えっと…その…」
俺はこの頃、赤面性になってしまったのだろうか？
と思うほど今自分の顔が赤く染まっているのが分かった。
「兎に角だ！やっぱり俺にはお前しかいないんだ」
「……」
「お前の事が大切なんだ、誰よりも…正直お前の妹はどうでもいい」
「……」
「お前だけは幸せでいてほしいんだ」
「……」
「好きだ…愛している、香里」
「……」
「俺とその…またやり直してくれないか」
「……」
一気に言った。
自分が伝えたい事をはっきりと言ったつもりだ。
「栞がどうでもいいってのが聞き捨てならないわね」
「…それだけお前が大事って事だ…」
香里が睨み付けてくる。
俺は慌てて弁解する…。
「フフ…分かってる…だって潤の事だもん」
「今のは結構本気入ってませんでしたか、香里さん？」
「どうでしょうね…」
香里はいつもの様に微笑みかける。
俺もそれが嬉しくてまた笑いかける。
「最後に言うわよ…」
「ああ」
「私、我侭よ？」
「知ってる」
「貴方にいっぱい迷惑かけるわよ？」
「いっぱいかけろ」
「いっぱい甘えちゃうわよ？」
「大歓迎だ」
「…潤！」
香里が俺に抱きついてくる。
俺も力いっぱい抱き締める。
「やっぱりおっきいわ…落ち付く」
「甘えん坊だな…お前」
「今言ったじゃない…いっぱい甘えるって」
俺は微笑み、そして香里の髪を撫でながら言った。
「言ったろ…大歓迎だって…」
「……」
「と言うお話です〜」
「「だーーーーーーーーーーー！！！！」」
「な、何ですか？二人とも大声なんか出して」
話終えてすっきりしたという表情の栞ちゃん。
そして恥ずかしさからか大声を出している俺と香里。
「しかし…それ事実だとしたら…恥ずかしいな、お前ら」
「相沢…」
「祐一さん、言ったじゃないですか♪」
「ああ…ノンフィクションだって言ってたな…」
俺達は栞ちゃんが書いたという話をみんなで聞かされていた。
その内容は今までの通りだ。
「お姉ちゃんと潤さんの話を統合するとこうなったんですよ？」
「香里…お前何言ったんだ」
「潤…貴方こそ…」
「いいじゃないですか〜♪」
「「よくない！！」」
「大体な栞ちゃん、俺はそんなに女付き合いが良くは無かったぞ」
「私だってこんなに…甘えてなんかは…」
「物語を面白くする為に”多少”の脚色は必要です♪」
俺達二人は必死に栞ちゃんに抗議をする。
栞ちゃんは俺達の反応を楽しむかのように笑っている。
「お前らを見ていて実に微笑ましいと思うよ、俺は」
「「五月蝿い！」」
「うぐぅ…ボクなんか死んだみたいな書き方されてるよ〜」
「ええ、あゆさんは天寿をまっとうしてお空に逝ってしまったんですよ♪」
「うぐぅ〜〜〜！『いく』の字が違うよ〜〜〜〜〜〜！！！！」
月宮あゆはこの通りピンピンしてるわけで…
栞ちゃんの話も色々と現実とは違う点が多々あるわけだ。
「だから言ってるじゃないですか？色々と変えた方が物語として面白くなるんですよ♪」
「「「………」」」
俺を含め約３名、納得がいかないようだ。
「私や祐一なんかほとんど出てこなかったよ？」
「物語に必要無い人は無駄に出す意味はありません！」
「無駄って…酷くないか、栞？」
「それ言ったら私は一回も台詞ありません！」
「そりゃ作者がどうたら…」
「祐一さん酷いです！！」
この二人の方が余程微笑ましいと思うのは俺だけか？
いや俺だけではないだろう、きっとそうだ。
「でも…栞ちゃん、すごいね」
「どこらへんがだよ、月宮？」
「だって潤君、栞ちゃんに私達が本当にクラスメイトだって言って無いでしょ？」
「あっ…でも偶然だろ」
「フフ…そうかもね…でさ潤君…」
「何だ？」
「ボクの事好きだったって本当？」
「ば！馬鹿！！何言ってんだ！！！」
「本当なんだ〜…ボクもモテて嬉しいよ♪」
俺とあゆとは事実クラスメイトだった。
まあ栞ちゃんが言ったかのような感情があったかどうかは別だが…
それを言っても無いのに分かったのは偶然と考えるか…それとも…
「何、二人して楽しそうに話してるのかしら？」
「いや別に楽しそうだなんて…そんな…アハハハ…はは」
気付くと香里が俺達の後ろで怖い笑いを浮かべながら立っていた。
「潤！私というものがありながら…いい加減にしなさいよ〜〜〜！！！！」
「うわ〜〜〜！…勘弁してくれよ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜！！！！」
この様に俺達の関係は進んだような…
前とあまり変わらないような…
そんな微妙なままだった…
でも俺はしばらくは今のままでいいんじゃないかなって思う…
そして多分香里もそうなんだと思う…
こんな雰囲気が楽しいから…俺も香里も…
栞ちゃんや相沢や水瀬や月宮…みんなと幸せに…
これが俺と香里の本当の宝物…
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