SSこんぺ No.048 : 走る少年少女達 (2/3)

　　「くっくっくっく…」

　　「ふっふっふっふ…」

　　祐一と北川の二人が、向かい合って笑っていた。

　　「へっへっへっへっへっへっへっへ…」

　　「ひぇひぇひぇひぇひぇひぇひぇ…」

　　何がおかしいというのか、ひたすらに笑っている。

　　「ひょっひょっひょっひょっひょっひょっひょっひょ…」

　　「ひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ…」

　　一体なにがあったというのか？
　　二人のその笑い声はいつも周りの者明るい空気を運んでくる笑いとは違う、壊れてしまった者の笑いだった。
　　笑い、嗤う、二人の笑みに含まれている禍々しさは時を経るごとに増大してゆく。
　　
　　「「は～はっ、はっ、はっ、は～～っ、はっ、はっ、はっ、は～～～、はっ、はっ…」」

　　ついには二人の嗤い声が重なり、その禍々しさは頂点に達した。
　　そして！

　　「「…は～っ、はっ、ぐほっ、げほっ、くほっ、かはっ、をうっ！」」

　　二人してむせた。

　　「へぐっ、ぶじゃ、はおっ、りれっ、ばお…」

　　「なに馬鹿なことやってるのよ」

　　祐一と北川に続いて着替えを済ませて更衣室から出てきた香里が、咳をして苦しんでいる転げ祐一達に向けて
　　呆れた声音でいった。

　　「はぁ、はぁ、はぁ、何って…」

　　「ふぅ、ふぅ、ふぅ、ただ喜んでいただけだが？」

　　やっと、むせる苦しみから解放された祐一と北川はそれぞれの手に持っている用紙を香里に向けると、
　　その一点を指さしながら言った。
　　その用紙は先程全校生徒に配られた、マラソン大会のコースと、その賞品の内容が書かれている物だったが、
　　香里はまだ見ていなかった。
　　二人の指は、五つある賞品のうち、それぞれ別の物を指している。
　　香里は、用紙に顔を近づけると、その部分に書いてある物を読みあげた。

　　「えーっと、三位『食堂一ヶ月無料使用権』に、五位『雪領商店街共通商品券　５万円分』？　　
　　　今年は、本当に豪華ね。」

　　香里が読み上げた賞品の名前に、喜びに打ち震える野郎どもは再びテンションを
　　マックス付近にまで上昇させた。

　　「時代の風は俺達に吹いているぞ！」

　　「まったくもってその通り！」

　「やるぞ北川！！」

　　「おうともさ！！」

　　祐一と北川は最後に腕をクロスさせて叫んだ。
　　相談も無しやったはずなのに、その動作には寸分のずれもない。

　　たしかに、今年の賞品はなかなかに豪華だ。
　　二人が興奮するのも、無理はない。
　　香里が改めて周りをみまわしてみると、二人ほどではないが似たような状態に陥っている生徒の姿を
　　多数見受けることができた。

　　

　　「うーん、でもただ賞品を狙うってだけじゃ物足りないな。」
　　　
　　クロスを解いた祐一はいきなりポツリと呟いた。

　　「どうせなら、みんなでなんか賭けないか？」

　　「あら、面白そうね。」

　　「いいだろう。　…で、賭けの内容は？」

　　香里と北川は、あっさりとその誘いにのった。

　　「ビリになったやつが、今日の帰り他のやつに好きな者を奢るっていうのはどうだ？」

　　「いいわよ。」

　　「別にかまわんさ。」

　　と、北川が返事をするのとほぼ同時に、三人の背後から聞覚えのある声が聞こえてきた。

　　「あははー、祐一さん、潤さん、香里さん、おはようございます。
　　　今日はがんばりましょうね。」

　　三人が後ろを振り向いてみると、そこには佐祐理を筆頭に、舞、名雪、美汐、栞の姿があった。
　　名雪は当然として、他の面々もマラソンに参加するらしい。

　　「何のお話をしていたんですか？」

　　「あっ、佐祐理さん達も参加しますか。」

　　「はぇ、何にですか？」

　　祐一は、賭の内容を説明した。

　　「はい、やります。」

　　「私もやる。」

　　「わたしもやるよー。」

　　「私もやります。」

　　「私も参加します。」

　　というわけで、全員が参加することになった。

　　「しかし、栞は大丈夫か？　　病み上がりなんだしな、止めるなら今のうちだぞ。
　　　負けても容赦はしないぞ。」

　　「望むところです。　　私には秘策がありますから。」

　　一応の確認として聞いた祐一の言葉に、いつも通り落ち着いた態度で応える天野と、
　　妙に自信たっぷりに答える栞。
　　祐一は、その栞の態度に一抹の不安を覚えたが深くは追求しないことにした。

　　『まもなく第四十八回桜花祭、開会式を始めます。
　　　参加者はスタート位置まで集合してください。』

　　話が一段落するのを見計らっていたように、スピーカーから放送が流れてきた。

　　「んじゃ、いくぞ。」

　　祐一はそういうと、歩き出した。
　　他のメンツはその後をぞろぞろついていく。

　　ついにこの日がやってきた。
　　受付に回した生徒から受けた報告では、参加した生徒の数は全校生徒４５７名のうち２３９名。
　　まずまずの成果だ。
　　久瀬は、ひとまず結果が出たことに安堵のため息を漏らした。
　　
　　『……。……。』

　　遠くから校内放送が聞こえてくる。
　　もうそろそろ自分の出番だ。

　　久瀬は、立ち上がるとグランドにある朝礼台に上がった。
　　すこし高くなった視線の先に、集合してくる生徒達の姿が見えてきていた。

　　

　　『今年もこの時期がやってきました。 ……』

　　朝礼台の上で、久瀬が話している。
　　その話し方は分かり易く、丁寧で、その上、簡潔である。
　　また、態度も実に堂に入っており立派である。

　　「うん、さすがは生徒会長だな」

　　その様子を見て、祐一は一人で頷いた。
　　しかし、この話が終われば、ついにマラソン大会が開始されせいか、
　　殆どの生徒達は半ば話を聞き流して、簡単な準備運動や柔軟などをしきりに繰り返している。

　　そんな中、祐一も久瀬の声をＢＧＭとしてもう一度、今の状況を確認する。
　　あんな賭を持ち出した以上、金がない祐一は万が一にも負けるわけにはいかなかった。
　　今回は、学校からスタートして商店街を通り、物見の丘方面へと向かい、
　　そこから、駅の前を通って学校へ戻って来るという、全行程７キロほどのコースだった。
　　ペース配分さえきっちりしていれば、まあ走りきることも可能だろう。

　　しかし、だ。
　　五位入賞を狙っている自分としては、それだけではいけない。
　　そこに加えて敵は、陸上部部長の名雪に、体力底なしの舞。
　　余裕でゴールしてきそうな佐祐理さんに、ペース配分を考えて好タイムをたたき出しそうな天野、
　　全国でも指折りの実力を誇っている空手部に所属している香里はランニングになれているだろうし、
　　様々な肉体労働系のバイトをこなしている北川は自分と互角ぐらいに体力はあるだろう。

　　栞も何か考えていたようだが…、おそらく自爆して終わることになるだろうから放っておいても問題はないだろう。
　　だから、考えることはどうやってもう一人を自分より後に引きずりおろすかだが…

　　「自爆なんてしません。　そんなこという人嫌いです。」

　　「……」

　　と、祐一がそこまで考えたとき隣にいた栞に突っ込まれた。

　　「なぜ俺の考えていることが解った」

　　祐一は、理由には察しが付いていたが念のため確認をした。

　　「祐一さん、思いっきり口に出してましたよ。」

　　「やっぱりか…」

　　祐一は、頭をぐったりとさせながら呻いた。

　　『尚、色々手は打っていますので不正行為は不可能だと思ってください。
　　　また、不正行為が発覚した場合は、この甘くないジャムを食べてもらいます。』

　　そういうと、久瀬は瓶の中に入ったオレンジ色のジャムを頭上に掲げた。
　　その意図がよく解らない、参加者達はみな首を傾げたが、
　　やがて死ぬほど苦いんだろうという解釈に達し、自分なりの納得をした。

　　が、その威力を知る８人は戦慄を禁じ得なかった。

　　「あっ、あれは…」

　　アレは間違いなく邪夢である。
　　祐一達は、確信した。
　　甘くないオレンジ色のジャムが、アレの他にあるとは考えたくもない。

　　

　　『…それでは、明日で卒業される三年生の方々も今日はおおいに楽しんでください。
　　　以上を持ちまして、第四十八回桜花式の開会式を終わります。』
　　　

　　　久瀬が話が終わると同時にワー、と歓声がわいた。
　　　そして、全員が今まで背を向けていたスタートラインに向き直る。

　　　あたりがシーンと、静まる。
　　　緊張感がいやがおうにもまして高まっていく。

　　　『それでは、ヨーイ…』

　　　　　パン！

　　　スタートを告げる銃声が鳴り響いた。

　　　「「「「わー！！」」」」

　　　今回は参加せずに、見物人にまわった生徒達の口から歓声が怒号のように
　　　ひねり出された。

　　　ぞれを合図に、参加者全２３９名は一斉に走り始めた。

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