最終幕

(水瀬邸玄関。)
名「最強最大の敵祐一も倒したことだし。いよいよジャムのありかに突入、だよ。」
あ「ねえ。祐一君、全裸で路上に放置してきちゃったけど、大丈夫かな？」
名「大丈夫だよ、雪の中で一晩待っても死ななかったくらいだし」
あ「そういう問題じゃなくて・・・」
名「さて。残るはお母さんだけど、できれば遭遇せずに目的を果たしたいな。ということで、わたしは部屋で待機してるから、あゆちゃん例のジャムを瓶ごと持ってきてよ。」
あ「ええっ、ボク一人で行くのっ？！」
名「だってわたしがついて行って足手まといになるといけないから。」
あ「何言ってるんだよ、足手まといだなんてそんなこと無いよっ、むしろ名雪さんこの家の中のこと詳しいんだから、名雪さんが行った方がいいんじゃない？」
名「なにを言うのあゆちゃん、それじゃあゆちゃんを雇った意味がないでしょ。」
あ「ボク、雇われてたの？！」
秋「あらあら。二人とも何こんなところで騒いでるの？」
名「わ、みつかっちゃったよ！ あゆちゃんがもたもたしてるから。」
あ「うぐぅ、ボクの所為じゃないよ」
秋「名雪。さっきはどうして、黙って出て行ったりしたの？」
名「え？　そ、それはえーと、そう、どこかであゆちゃんが呼んでいる気がしたんだよ、大衆食堂でキャベツ定食２８０円頼んだけど２６０円しか持ってないからすぐ２０円持ってきてほしいんだけど恥ずかしいから他の人にはいわないでほしいな、って。」
秋「まあ、そうだったの。」
あ「またそうやってボクの所為にする！ 秋子さんも信じないで、うぐぅ・・・」
秋「あらあら泣くこと無いのに。名雪、これはあゆちゃんにはきつすぎる冗談だと思うわ。」
名「じゃあ誰だったらきつくないの？」
秋「名雪は平気なんでしょう」
名「うー、そうだけど。そうなったのは親の教育のせいだと主張してみたいよ。」
秋「名雪、さっき残していったいちごクレープがあるんだけど」
名「やっぱり持つべきものは親だと思うよ。」
あ「ボク、なんだか発言する気力が無くなってきた・・・」
秋「まあ、おなかが空いてるんじゃない？　こっちへいらっしゃい、おやつ用意してあげるから。紅茶も入れ直すわね。」
あ「え、いいの？　よかった、さっきのパンだけじゃちょっと物足りなかったんだ。」
名「ん、紅茶・・・。なんか大事なことをわすれてるような・・・。」
あ「食べたら思い出すよっ。糖分は脳の働きを活発にするしね。」
名「うん、それもそうだね〜」
秋「さあ座って。先に紅茶を出すわね。そこのジャムは好きなだけ入れていいわよ。」
名「・・・・。」
あ「・・・・・うぐぅ。」
名「わすれてたよ、さっきもこれを出されて、逃げ出したんだったよ。」
あ「そういう大事なことは早く言ってよっ！」
名「わすれてたんだってば・・・」
秋「あゆちゃん、遠慮しなくていいのよ。ほら。」
(秋子、ジャムを差し出す。)
あ「うぐぅ、誰か助けて〜！」
(潤)『そのとき救世主が現れる！ 地を舞う疾風が天に昇るが如く登場し、光って唸って舞い降りる。タキシード潤、参上！』
あ「北川君？！」
名「北川君生きてたんだ。」
秋「あら北川さんお帰りなさい。その格好はどうしたの？」
潤「何で誰もタキシード潤と呼んでくれないんだよ・・・」
名「そんなことより、北川君外で悶絶したんじゃなかったの？」
あ「うん、名雪さんにトドメ刺されたはずだよね。」
秋「まあ、何の話？」
名「な、なんでもないよっ。」
あ「それより、祐一君はどうしたの？ 全裸で放置してきちゃったんだけど。」
潤「あー。なんか、美坂が来てどっか持ってちゃった。何に使うつもりか知らないけど」
名「えー。心配だなー。香里、なんだか暴走してるし、ひどいことしなきゃいいけど。」
あ「名雪さんは人のこと言えないと思うな。」
名「あゆちゃんも人のこと言えないよ。」
あ「うぐぅ」
秋「みんな、何の話をしているのかしら。仲間はずれにしないでほしいわ」
あ「うぐ？！」
潤「えー、それはですね秋子さん」
名「き、北川君がそのジャム大好きだから全部食べたい独り占めとか言うからみんなでお仕置きしてた話だよっ！」
潤「なんですと？！」
あ「そ、そうだよっ！ 独りで独占するのはとてもとても良くないことだってのむひょん大統領も言ってたよっ！」
秋「まあ。」
潤「てめえら、なに口から出任せを・・・あのですね秋子さん、オレはそんな身勝手な男じゃないですよ、喜びはみんなに分かち合い、悲しみはみんなの分も受け取る、それが北川潤って男なんですよ！」
秋「そうよね、きっと名雪達の誤解よね。私もそう思うわ。」
潤「信じてもらえてうれしいです！」
秋「でも、具体的に態度で示すことも大事だと思うのよ。」
潤「そうですね、その通りです。」
秋「だから。名雪達の誤解の原因であるこのジャム。３人で仲良くわけて食べたらいいんじゃないかしら？」
潤「え゛？！」
名「な、何でそのジャムが出てくるのお母さん！」
秋「あら。名雪が自分で言ったんじゃない。北川さんがこのジャムを独り占めしようとしてるって。」
名「そういえばそうだったよ。」
あ「なんて事言うんだよ名雪さん！」
名「動揺してたから仕方ないんだよ。よくある失言だよ。」
あ「言った方はそれで済むけど、言われた方はたまったものじゃないよ！！」
秋「ほらほらみんな喧嘩しないで。ジャムはたくさんあるから、仲良く食べればいいでしょう。」
名「だから、それが問題なんだよ・・・。」
あ「仲良く食べれるなら最初からこんな事してないよ。」
秋「どういうこと？　みんなで仲良くできないと言う事かしら。」
あ「え？ あ、うぐぅ、秋子さんそんな厳しい目しないで。」
秋「仲良くできない理由がまだあるの？ なら、言って頂戴。」
名「そ、それはないけど・・・」
秋「じゃあ、仲良くできるわよね。」
あ「う、うぐぅ・・・わかったよ、みんなでこのジャム食べるよっ」
名「あ、あゆちゃん？！」
あ「だって・・・だってボク、やっぱり秋子さんに逆らうのはいやだよっ！」
潤「あゆちゃん・・・」
名「・・・わかったよ。３人で食べよう。」
潤「水瀬？！」
名「この際仕方ないよ、腹をくくろう。それに考えてみてよ。今ここでわたし達が食べ尽くせば、一応この世の中からジャムは消えて無くなるんだよ？」
あ「うん、確かにそうだね。」
潤「これから先、みんなが恐怖におびえることはなくなるな」
名「崇高なる自己犠牲の精神なんだよっ。」
潤「・・・よし、わかった。じゃあオレがこれだけ食べるよ。」
(北川、瓶の半分のジャムをクレープにかける)
あ「え、そんなにかけちゃって大丈夫なの？」
潤「大丈夫さ。オレ、こう見えても打たれ強いんだぜ。」
あ「うぐぅ、偉いよ北川君・・・。よし、ボクもがんばるよ！」
名「え、あゆちゃんは体小さいんだから無理しちゃダメだよ。」
あ「大丈夫、こう見えてもボク毎日走り込んで鍛えてるからっ」
名「わかったよ。でも走り込んでるのはわたしも同じだから、残りを半分ずつにしようね」
(名雪、瓶に残ったジャムを半分づつわける)
秋「あら。一瓶全部使っちゃうんですか？」
名「うん。残さず綺麗に後腐れなく処分するよ。そう決めたんだ。」
秋「まあ・・・。」
潤「それじゃ・・・覚悟決めて行きますか。」
名「うん、決心が鈍らないうちにね。」
(三人、一斉にジャムを口に運ぶ。)
あ「・・・・・・うぐぅ。」
潤「こ、この味・・・なんちゅーか、なんちゅーか、・・・」
名「うぇぇぇぇぇぇぇ・・・・・」
潤「なあ。一日の半分を、給食を前にして過ごしたっていう経験、ないか？」
名「うんあるよ。時間が経てば、そのうち許してもらえるんじゃないかという思いでね。」
あ「ぶんぶんっ、ダメだよ現実逃避しちゃ。今ここで投げ出したら、世界人類すべてが迷惑を被ることになるよっ。がんばって食べないとっ。」
潤「そうだな。もうあのころのオレ達じゃないんだ。」
名「目の前の責任から逃げ出すような子供じゃないんだよ。」
あ「ボク達って、大人だね・・・。」
潤「じゃあ、食べますか。」
名「うん、夜明けが来る前にね。」
(三人、一斉にジャムを口に運ぶ。)
あ「・・・・・・うぐぅ。」
潤「こ、この味・・・なんちゅーか、なんちゅーか、・・・」
名「うぇぇぇぇぇぇぇ・・・・・」
秋「みんな仲良くできて良かったわ。それにしても、まさか３人で一瓶全部食べちゃうなんて・・・。これじゃ足りないのね」
（一度、全員退場。）


(ナレーション)「数日後・・・」


(水瀬家、台所。秋子が作業しているところに名雪が入ってくる。)
名「ただいまぁ。ねえ、祐一まだ部屋に引きこもったまま？」
秋「ええ、そうなの。」
名「香里のところから戻って以来、ずっとだよね。何されたんだろ。」
秋「香里さんから何か聞いてないの？」
名「教えてくれないんだよ。『うふ、ナイショ』とか言って。はっきり言って気持ち悪いよ。」
秋「そうなの・・・。」
名「わたし、祐一の様子見てこようかな」
秋「それがいいかもしれないわね。そうそう、だったら、これも一緒に持っていってくれないかしら。」
名「うんいいよ・・ってそれは！」
(秋子、盆に載せた牛乳とと−スト、ジャムの大瓶を持ってくる。)
秋「祐一さんお昼も食べてないのよ。だからきっとおなか空かせてるわ。」
名「そうじゃなくて、それ、それ、そのジャムどうしたの！」
秋「ああこれ。新しく作ったのよ。あなた達大好きみたいだから、ほらこんなにたくさん」
(秋子戸棚を開ける。中にいっぱいのジャムの瓶。)
名「だ、だいすきって・・・」
秋「この間、３人で一度に一瓶食べちゃったじゃないの。よっぽど好きなのねえと思って、簡単に無くならないように作っておいたのよ。今度あゆちゃんと北川さんも呼んで、食べるといいわ。」
名「う・・・うそだよ、こんなオチってないよ〜！」


（幕）


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