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　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　６

翌日、久瀬は香里にすべてを話した。
丘の上のものと天子神社について。
眠り姫と病魔について。
その中で自分がどういう役割を担っているのか。
最初に、自分に憑いていたものを見せてみせるパフォーマンスが効いたのか、それとも藁にもすがる心境なのか、香里は素直に久瀬に協力を約束した。

それから数日は、特訓が続いた。
「理屈は簡単だよ、栞ちゃんから病魔のやつをひっぱがしてやればいい、それだけだ」
両手に五芒星封魔陣を織り込んだ手甲をつけ、そこから体内に念を送り込む。
「気持ちさ、彼女の体から出て行け、って強い気持ちを送り込んでやるんだ」
病魔は栞の体内、五臓六腑に巣食っている。
「そいつをね、なんていうか、しがみついている力をちょっとでも弱めてやれればいいんだ」
「あとは僕がそれを彼女の体から引きずり出すだけ」

決行と決めた日の放課、香里は久瀬と二人で栞の見舞いに行った。
この数日、熱はおさまったがめっきりと体力を消耗してしまったらしい。
はじめは久瀬ひとりで病室に入った。
ほんの数回出あっただけの久瀬が見舞いに来てくれたことを栞は喜んでいた。
実は彼女の姉とも知り合いであることを告げると、栞はわずかに悲しげな表情を見せた。
そして久瀬は香里を病室に招き入れ、自分は病室を出た。
そろそろ帰るよ、と再び病室に顔を出したとき、二人は泣きながら笑っていた。

その日の夜。面会時間も過ぎた後で、久瀬と香里は栞の病室に忍び込んだ
香里は栞を強く掻き抱き、背中に回した両手で栞の背中のツボ、腎兪、胃兪、脾兪、胆兪、肝兪、心兪の順に念を送り込む。
「栞の体から出て行け栞の体から出て行け栞の体から出て行け栞の体から出て行け栞の体から出て行け」
苦悶する栞、しかし香里にはそのとき栞の心臓にしがみつくなにかも同時に苦しんでいるのを感じた。
「栞から出て行きなさいっ！」
「お姉ちゃんっ！」
栞が強く香里にしがみつく。そのとき久瀬が五芒星召喚陣を描いた護符を栞の首の付け根に貼り付け、左手の親指を切った血で召喚陣をなぞる。召喚陣が淡く光り出す。それに両手をさしこみ、栞の体内から、長い尾を持つ鬼のような姿をした病魔をひきずり出した。ひきずり出された病魔が久瀬に襲いかかったところで、香里の意識は途切れる。
気がつくと久瀬が一人で立っていた。香里は栞を抱いたまま気を失っていたようだった。栞は香里の腕のなかで寝息をたてていた。
「…終わったよ。お疲れさま…」」
久瀬の言葉に、香里は栞の寝顔を見つめ、大きくうなづいた。

このとき、引き離した病魔を久瀬がどう処理したのかは、香里にはわからない。
彼女にとっては、栞が今後快方に向かうだろうという事実だけが重要だった。

病院を抜け出すとき、救急外来の方が騒がしくなっているのに気づいた。
倉田佐祐理が重傷を負って担ぎ込まれたのだということは、香里にはわからない。
久瀬はただ、複雑な思いのこもった目を学校の方角に向けていた。
それがどういうものであるのかも、香里にはわからない。

栞は助かるのだ。このときはそれだけが香里のすべてだった。


（華音霊異記　病魔：了）

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　




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