その日の夜のこと、わたしと彼はいつものようにわたしの部屋で一緒に寝ていた。
お母さんはお仕事に行ってしまい、今家には居ない。
「ねぇ、祐一起きてる？」
わたしは寝付くことができず彼に声をかける。
けれど、彼の声は返ってこず。
代わりに彼の寝息が聞こえる。
「寝ちゃったの？」
わたしはベッドから降りて床で敷布団を敷いて眠っている彼の顔を覗き込む。
「なんか用か？」
「わっ、わわわわ…寝たふりはずるいよ」
急に声をかけられびっくりするわたし。
「なにやってんだ？ トイレについて行ってほしいのか？」
彼は眠そうな目をこすりながらそう言う。
わたしはコクリと頷き、ベッドの上に置いてあった半纏を着る。
「ったく、しょうがないなトイレぐらい一人で行けよ」
「だってこわいんだよ」
「わかったよ」
彼も半纏を着て一緒に部屋を出てトイレに向かう。
廊下の軋む音、冷たい空気の漂う静かな夜が幼い二人に恐怖感を与える。
「寒いね」
「そうだな」
わたしが話し掛け彼が頷く。
そしていつのまにか二人は手を繋いでいた。
わたしの手をぎゅっとやさしく握ってくれる彼の手はとても温かくて柔らかった。
心が揺らぐ
幼いわたしの心が揺らぐ
何故こんなにドキドキしているのだろう？
何故こんなに胸が熱いんだろう?
「おぃ、いつまで手握ってるんだ？」
彼に声をかけられ現実にかえるわたし、でも胸の鼓動は止まることはなく。
かえって彼の顔を見るだけで早鐘が鳴るように胸のドキドキが止まらない。
わたしは彼の手を離すと逃げるようにトイレに入った。
「まっててやるから、はやくしろよ」
ドア越しに彼が言う。
「わかってるよ」
そういいながら幼いわたしは芽生えた感情に少し戸惑っていた。
それから、わたしが用を足し洗面所で手を洗い終えると廊下の電気がついているのに気づき彼に訊ねた。
「よぅ、おそかったな」
「電気つけたの？」
「お前怖がりだからな、こうすれば平気だろ？」
「う、うん」
「んじゃ先に行ってるからな」
「あっ、ちょっと待ってよ」
電気を消しながらわたしは彼を追って部屋に戻る。
部屋に戻ると彼の姿はなく冷たい風が部屋に流れていた。
よく見るとベランダ側の窓ガラスが開いてカーテンが風でなびいていた。
「ゆ、祐一どこ？」
わたしはベランダに駆け寄り声を出す。
「こっちこっち」
「え？」
ベランダの塀に身を乗り出した彼がわたしを呼ぶ
「こっちこいよ」
「あ、うん」
スリッパを履いてベランダに出る。
ベランダの上には雪が積もっていて歩くとシャリシャリと音がする。
「下見てみろよ」
「うん」
彼と同じように塀をよじ登って庭の方を見る。
すると今日作った雪うさぎと雪だるま、それにかまくらが月の光に照らされて神秘的に輝いていた。
「なぁ、すごいだろ？」
彼が満面の笑顔で言う。
幼いわたしはその彼の笑顔に見とれてこういってしまった。
「かっこいいよ…」
「何いってんだよ。 庭だよ庭」
「えっ、そうだね。 綺麗だね」
「なぁ、また作ろうな」
「ほへ？」
「雪だるまやかまくらの事だよ」
「うん、明日また作るの？」
「違う違う、また来年、今度はちゃんと雪うさぎの作り方教えてやるからさ」
「えー明日じゃないの？」
「明日は違うことするって約束しただろ」
「うん、じゃあまた来年だね。約束だよ」
「おう…へっ、へっくしゅ」
「わっわわ、祐一だいじょうぶ？」
「大丈夫、寒いだけだから…部屋に戻ろう」
「うん、そうだね」
彼とわたしは部屋に戻り窓を閉めカーテンを閉める。
わたしはベッドに戻り、彼はティシュで鼻をかみながら敷布団に戻る。
「へっくしゅ…」
「だいじょうぶ？」
彼が再びくしゃみをしてわたしは心配して声をかける。
「うるさい、大丈夫だって…くしゅ」
「ほらっ、また。寒いの？」
「…別に寒くなんか」
「さっきベランダに出て冷えたんでしょ？」
「別に寒くなんかないってば」
「うそだよ。だって…っくしゅん、わたしも寒いもん」
「そうなのか？」
「うん…あっ、そうだ。寒くなくなる方法があるよ」
「どんな方法なんだ？」
「えーとね。耳貸してくれる？」
「なんでだよ？」
「いいから、いいから」
「仕方ないな」
彼は布団から出てわたしのベッドの中に入り枕もとに来て耳を差し出す。
そして彼が油断した隙に彼に抱きつく
「ほらっこれなら、あったかいよ」
「ちょっ、ちょっとまて」
「ふにゅ〜祐一ってあたたかいね。これなら寒くなくてぐっすり寝れそうだよ」
「お、お前そういう問題じゃあ」
「祐一、おやすみ」
「おっ、おやすみって…ちょっとまて」
「すーーーー」
「はやっ…まぁ、いいや俺も寝よ」
あたたかい彼の背中を抱いてわたしは胸の鼓動を感じていた。
まだ、初恋だと気づくことはないけれど少しずつ少しずつ感じ始めていた。
この気持ちが、この想いが恋だということに少しずつ気づき始めていた。
そんな空で輝く月が雪で作られたうさぎ達を照らしていた日の事
ファーストキスをした日のこと
胸の鼓動を感じ始めた日のこと
忘れられない 忘れられない 大事な日のこと
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