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　「水瀬…起きろ！もうホームルームだぞ、いつまで寝てるんだ？」

　えっ？

　わたしは机から顔を上げる。

　すると目の前には見知った髭面の担任の顔があった。

「受験勉強で疲れてるのはわかるがホームルームのときくらいは起きてくれ」

「す、すみません」
　
　ホームルームが終わるとわたしは鞄を持って教室をでる。

　まだ頭がボーっとしていて、胸が高鳴っている。

　またあの夢を見てわたしは恋をしている。

　おさない彼に優しかった彼に温かった彼に…。

「名雪、だいじょうぶ？」

「えっ？」

　廊下を歩いていると友達に呼び止められる。

「だいじょうぶだよ」

「そう、だったら受験勉強今日も一緒にする？」

　彼女の名前は　美坂　香里

　ウェーブのかかった長い髪に整ったプロポーション

　おまけに頭が良くて、わたしなんかとぜんぜん違う。

「どうするの？」

「えーと、お願いするよ。香里と一緒の高校に受かりたいし頑張らないとね」

「そうね。それじゃ名雪の家でしよっか？」

「うん、いいよ」

　わたしが頷くと香里は安心したように頷いて笑顔で笑う。
　
　それから二人で並んで廊下を歩いて階段を下り、昇降台で靴を履き替える。

　そのとき、下駄箱から一枚の紙切れが落ちた。

「なんだろこれ？」

　わたしは気になって床に落ちた紙切れを拾う。

　よく見るとわたし宛のラブレターだった。

「どうしたの？」

「わっ、なっなんでもないよ」

　不意に声をかけられ慌ててラブレターを隠す。

「じゃあ今隠したのは何？」

「えっ、えーと」

「ラブレターでしょ？」

「ちっ、違うよ」

「嘘ついたらダメよ。ほらっ見せなさいよ」

「あっ、ダメだって」

　香里がわたしの隙を突いて背後に回り手にもっていた手紙を奪い取る。

「あらっ、これ隣のクラスの男子からじゃない」

「香里、酷いよ」

「とりあえず読んでみたら？」

「う"ーー、ここじゃだめだよ」

「そーね、じゃあとりあえず名雪の家に行きましょう」

「うー香里の意地悪」

　それから二人で家に戻るとまずコタツを出して香里に座ってもらう。

「名雪、またコタツでやるの？」

「えっ、ダメ？」

「いいんだけど、眠くならない？」

「頑張れば大丈夫だよ。ちょっと着替えるから待っててね」

　わたしは制服とブラウスを脱いでＴシャツを着てその上に白いセーターを着る。

　スカートは脱いで動きやすい少し緩めの紺色のジーンズに履き替える。

「ごめん、お待たせ」

「で、ラブレター読まないの？」

「香里、それは後にしようよ」

「でも勉強に手がつかないんじゃない？」

「答えはもう出てるから」

「え？　それってどういうこと？」

「そういうことなんだよ」

「…そう、じゃあ勉強しましょうか？」

「うん、今日もよろしくね」

　それからしばらく数学の公式と格闘した。

　ところどころ、要所要所を香里に教えてもらいながら何とか問題を解いていく。

「今日はこのくらいにしておいたほうがいいかしら」

「うん、そうだね」

「このペースでノルマこなしていけばなんとかなるわよ」

「本当に？」

「まぁ、なんとかなるわよ」

「…そ、そうだね」

「とりあえず答えはわかっていても手紙は読んであげなさいよ」

「うん、もちろんだよ」

「それじゃまた明日ね」

「うん、また明日」

　香里を玄関まで見送り、わたしはお風呂のスイッチを押して夕ご飯の支度をする。

　お母さんは今日は夜遅くまでお仕事

　わたしは簡単な豚肉とチンゲン菜の炒め物とジャガイモのお味噌汁をつくって一人で食べる。

　少し寂しいけどお母さんも仕事だし、仕方ないよね。

「はぁ〜」

　食事を食べ終わリ、ため息を吐くと席を立って食器を洗う。

　それからお母さんが帰ってきて食べられるように余分に作った料理を皿に盛り付けラップで包んで冷蔵庫にしまってメモを書く。



　　お母さんお仕事お疲れ様

　　今日のお料理は　豚肉とチンゲン菜の炒め物とジャガイモのお味噌汁だよ。

　　冷蔵庫に入れておいたから暖めなおして食べてね。　

　　受験勉強、頑張ってやってるから心配しないでね

　　食べたらお風呂に入ってちゃんとゆっくり休んでね

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　名雪より　


　メモを書き終わるとわたしはそれをテーブルの上においてダイニングキッチンの電気を消してお風呂に入って部屋に戻る。

　部屋に戻ると真っ暗でカーテンの隙間から神秘的に輝くお月様が見えた。

「そうだ、…読まなきゃ」

　机の上に置いておいたラブレター、わたしは封を開け便箋を取り出してベランダの横に座り

　月明かりで手紙を照らしながら書かれた文字を読みはじめる。


　　前略
　　　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　水瀬　名雪　様


　　僕は君の事が好きです。

　ずっとずっと好きでした中学に入ったときから…。

　今までずっとずっと黙ってたけどもう我慢できないんです。

　君の事を考えると夜も眠れなくて受験勉強にも手がつかなくて…。

　お願いです。僕とつきあってくれませんか？
　　
　僕なら…。


　手紙を読んでいると何故か涙があふれていた。

　この先は読めなかった。

　わたしがもう答えを決めてしまっていたから

　手紙を書いた人の気持ちを考えるともうこれ以上読めなかったから　


「ごめんなさい」


　わたしはそう月に向かって呟くと手紙を封筒にしまいコタツの上に置きカーテンを閉めてベッドに倒れこむ。

　相手はこれをどんな想いで書いたんだろう？
　　
　きっと、あのときのわたしと同じなのかな？

　好きで好きでたまらなくて、伝えられずにいられなくなって書いたのだろうか？

　許してくれるかな？

　ふっても許してくれるのかな？

　答えるのが少し怖い

　でも、明日言わなきゃ…答えをあげなきゃきっと彼は前に進むことができなくなるよね。

　わたしは止まったままだからそれがよくわかる。

　あの冬の日からわたしの心は止まったままだから。




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