「名雪、起きないと遅刻するわよ」
えっ？
カーテンから朝日が差し込み。
大量の目覚ましが鳴っていた。
瞼を開けるとお母さんの顔がそこにあった。
あのまま寝ちゃったんだ…またあの夢…。
「急がないと遅刻するわよ」
「も、もうそんな時間？」
「早く制服に着替えて、ちゃんと顔洗うのよ」
「うん」
わたしは急いで制服に着替えコタツの上に置いた手紙を鞄にいれる。
それから脱いだパジャマと鞄を抱えて階段を駆け下りる。
「なにやってるの名雪、遅れるわよ」
「か、香里。どうして？」
階段の降りると何故か香里が居た。
「昨日の手紙のこともあって心配だから来てみたのよ」
「あ、ありがと…」
「先に出てるわね」
「う、うん」
洗面所で軽くブラッシングして髪を梳いて顔を洗って靴を履く。
「朝ご飯食べなくていいの？」
お母さんが心配そうな顔でわたしに言う。
「う、うん…もう時間無いから」
わたしは苦笑いをしながらそう答える。
「今日はいつもより早く帰るから夕飯は任せてくれる？」
「うん、お願いするよ。それじゃ行ってくるね」
「はい、行ってらっしゃい」
「行ってきまーす」
玄関を出ると冷たい空気が体の中に流れ込み気を引き締める。
そしてわたしは道路を駆け抜け香里に追いつく。
「はやかったわね」
「うん、朝ご飯抜いちゃった」
「で、読んだの？」
「うん」
「どうだったの？」
「全部読めなかったけどね。すごく気持ち伝わってきた」
「じゃあ」
「ううん、答えは決まってるんだよ」
「そう」
放課後になりわたしは手紙の最後に書いてあった場所に顔を出す。
ラブレターの送り主に答えを教えてあげるために…。
相手は隣のクラスの男の子
結構学校の中では人気のあるほうだし顔も悪くない。
でも、わたしには…。
選択肢は一つしかなかった。
「ごめんなさい」
ただ一言
でもその言葉がどれだけ相手を苦しめ
悲しみの淵に追い込むかは知っている。
だからわたしはできるかぎりの笑顔でそう言った。
その方がいいと思ったから…。
でも相手は戸惑いながら理由を聞いてくる。
納得できなかったのだろう。
本当は言いたくないだけど。
これを言わなきゃ彼は納得しないのだろう。
ずっと誰にも言わなかったわたしの秘密を…。
「あのね…」
「わたしね。ずっとずっと昔から…好きな人がいたんだ」
「１回ふられちゃったけどね。その人のことまだ好きでいたいから、
あきらめたくないから、だから…その、ごめんなさい。アナタとは付き合えません」
語った後、頭を下げて隣のクラスの男の子に謝る。
これがわたしにできる、目の前にいる彼への唯一の償い。
でも、止まらない気持ちは想いはそこで終わることなく暴走を引き起こしてしまう。
「そんな奴、忘れて俺と…」
目の前の彼にはわたしの声が届いていなかった。
「俺とつきあってくれ」
強引に手を掴みわたしの唇を無理矢理奪おうとする。
「嫌っ！！」
わたしは両手で彼を突き飛ばす。
それに逆上したのか目の前の彼は腕を振りかざした。
そう、まるであの時の彼のように…。
わたしは目を瞑って覚悟する。
次の瞬間、大きな音が辺りに響く。
でも、わたしの頬は痛くなかった。
「そこまでよ！」
目を開くと香里がわたしの前に立っていた。
「問題にされたくなかったらさっさと失せなさい！！」
物凄い剣幕で隣のクラスの男子に向かって言い放つ香里
すると隣のクラスの男子は叩かれた頬をさすりながら逃げるように去っていった。
「もう、名雪は優しすぎるんだから…もっときつくふっちゃえば良いのに」
「聞いてたの？」
「心配だったから、お節介だった？」
「ううん、助かったよ。ありがとう香里」
「気にしなくても良いわよ。それよりさっきの話」
「えっ、なにが？」
「とぼけないの、好きな人いるんでしょ？」
「あっ、う…うん」
「よかったら聞かせてくれるかしら？」
「…うん、香里になら話せるよ。でも、ここじゃなんだから家で良いかな？」
「そうね」
それから二人で下校しわたしの家に向う。
家に着くと玄関を空けてドアを開ける。
「おかえりなさい」
二人で玄関を抜けて２階へあがろうとするとダインニングキッチンからお母さんがひょこっと顔を出す。
「ただいま」
「お邪魔します」
「あらっ、香里さんいらっしゃい。二人でお勉強かしら？」
「違うよ。今日はおしゃべりするだけだよ」
「そう、じゃあ後でお茶菓子持っていくわね」
「うん、お願いするよ」
二人で二階に上がりわたしの部屋に入る。
いつものようにコタツを出してわたしが着替え終わリコタツに入ると香里が聞いてきた。
「単刀直入に訊くけど…誰なの？」
「ちょっ、ちょっと待ってよ。香里」
「いいわよ。その代わりたっぷり訊かせて貰うから」
「う"ーー、香里の意地悪」
それからわたしはゆっくりと好きな人の話をした。
彼の事を、大好きな彼の事を…思い出を記憶をを辿りながらゆっくりと語った。
「うれしそうね」
「えっ？」
「好きな人のことを話してる名雪の顔すごく嬉しそう」
「そ、そうかな？」
「でもね。名雪、一つだけ言わせて貰うわ」
「えっ？」
「あなたの好きな人、そのえーと祐一君かしら？」
「うん、祐一だよ」
「その名雪の好きな祐一君は昔の祐一君で今の祐一君ではないんじゃないかしら？」
「えっ？」
「名雪にとって悲しい事なのかもしれないけど人は変わっていくものよ。
あなたの思い出にある祐一君が今の祐一君であるとは限らないんじゃない」
「……」
「それに…今の彼を名雪が好きになるかどうかわからないんじゃない？
嫌いになるかもしれないわ、それでも彼の事を追いつづけるの？」
「わたしは、わたしは…」
言葉に詰まるわたし、今まで考えたこと無かった。
彼が変わっているかもしれないって…。
どう答えていいか迷うわたし…。
そこへ、ドアがノックする音が聞こえた。
「名雪、ごめんなさい開けてくれるかしら？」
お母さんの声だ。
わたしは席を立ってドアを開ける。
するとお盆を盛ったお母さんが部屋の中に入ってくる。
お盆の上にはショートケーキと紅茶の入ったティーカップがそれぞれ２つあった。
お母さんは笑顔でニコニコしながらわたしに聞いてくる。
「コタツの上に置いていいかしら？」
「あっ、うん」
わたしが頷くとお母さんはお盆の上にあったものをコタツの上に綺麗に並べる。
「久しぶりにイチゴのショートケーキ作ってみたんですよ。よかったら香里さん食べてくださいね」
「あっ、ありがとうございます」
「ふふふっ、それじゃあ失礼しますね。ごゆっくり」
お母さんが部屋を出るとわたしはコタツに戻り、紅茶に砂糖とミルクを混ぜてスプーンでかき混ぜて啜る。
香里は添えてあった薄切りのレモンを紅茶に浮かべて紅茶を啜っていた。
「それで、どうなの？」
再び香里の容赦の無い問いがわたしに突きつけられる。
わたしは少し考えて、ティーカップを置いてこう答えた。
「そんなのわからないよ」
答えようが無かった。
自分の気持ちがわからなかった
でも、彼を好きでいたいと思ったからこんな答えしか出せなかった。
「そういえば、さっき隣のクラスの男子に返事するときに昔一度ふられたっていってたわよね？」
「そ、それは…仕方が無かったんだよ」
「仕方が無かった？」
「うん」
わたしが頷くと香里は困った顔をしてティーカップを持って紅茶を啜って呟く。
「よくわからないわね…」
しばらく沈黙が続き聞こえるのはわたしと香里の紅茶を啜る音だけになる。
そしてお互いティーカップの中身がからになった頃、ようやく沈黙がとける。
香里が、軽くため息をついてわたしのおでこにデコピンをした。
「いたっ、香里なにするの？」
「名雪の顔が迷子の子供のような顔してたから、つい」
「つい、じゃないよ」
「くすっ、名雪、自分の好きなようにしなさいよ。
でもね一人で抱え込まないで。あたしなら相談にのるから」
「えっ」
「だって親友でしょ？」
「香里…」
「なに泣いてるの？ そんなにデコピン痛かった？」
「違うよ。香里の意地悪…でもありがとう」
「礼はいらわないわよ。その代わり」
「その代わり？」
「ちゃんとあたしと同じ高校に合格してもらうからね」
「うん」
「そうそう、最後に親友として忠告させてもらうけど…」
「なに？」
「何かしなくちゃ、何も始まらないわよ」
前のページ
次のページ
戻る