三人がリビングに足を踏み入れた、その時。
「何よ、この近所迷惑な騒音は……」
キッチン近くに据えられたラジカセが延々と大音量でリズムを掻き立てている事に気付いた香里は耳を抑えて抗議する。
「これはＱＵＥＥＮの“We will rock you”……なんだってまた……」
祐一が恐る恐るキッチンを覗く―――そこには。
「噴ッ！ 噴ッ！ 破ッ！ 噴ッ！ 噴ッ！ 破ッ！ 噴ッ！ 噴ッ！ 破ッ！」
腰を振り振りリズムに乗って、ビッタンビッタン音を立てて、生地を叩きつける潤の姿が在った。
「一体何をやってるのよ……」
何時の間にかラジカセの電源を落とした香里と名雪がキッチンに入ってくる。
―――なんて、無闇に広い…。
それが二人の抱いたキッチンへの印象。
一般家庭にはおよそ似つかわしくない程に設備の整った、レストラン顔負けの厨房。
潤はその中央の調理台で顔まで粉まみれにして生地を練っていたのだ。
「見りゃ分かるだろ、麺打ってるんだ」
えいやっ、と再び麺生地を叩きつける。
「北川くん、本気でラーメン作ってるんだ…」
「まあな、秋子さんに折角色々教わったんだ。始めなきゃ損だろ」
適当な所で麺生地を整えるように纏め、麺棒で一撫でして延ばす。
「ふむ」
ぷに、と人差し指で軽く力を加えて弾力を確かめる。すっ、と全体の感触を確かめる。
「北川、何やってんだ？」
「こうやって生地の具合を確かめてるんだ……相沢も触ってみろ、出来の良い生地は乙女の肌触りのような手応えが有る」
「どれどれ……」
厭らしそうな手付きで鷲掴みに生地を揉みしだく祐一。
「ホンマや、名雪の胸より揉み応えがあ―――」
【Start up!】
その瞬間。
名雪は電光石火で潤の手から麺棒を奪い取って右手を一振り、音速の挙動を持って祐一に襲いかかる。
その閃光のような一撃を受けた祐一の意識は闇に沈んで行く……。
〜 ざ ん ね ん ！！ ゆ う い ち の ぼ う け ん は こ こ で お わ っ て し ま っ た ！！ 〜
と、戯言は程ほどにしておくとして。
「でも、なんだってまた麺打ちから入るのよ？ 麺だったらスーパーとかで売ってるじゃない」
「市販の物じゃダメなんだよなー」
香里の問い掛けに対し、麺生地を布巾に包みながら答える潤。祐一と名雪は先程の戦闘での負傷を手当てしている最中である。まあ、灰にならないだけマシであるが。
「麺を打ちました、これに合うスープは別売りですって感じだからあんま理想的とは言えないんだよな」
「たかがラーメンにそんなに気を張らなくたっていいじゃない…」
香里の言葉に、潤の拳が調理台を揺さぶった。
「“たかが”だぁ？ 馬鹿言ってんじゃねえ……ラーメンはもはや日本の食文化の一翼を担ってるんだよっ！」
「良いか？ 麺類ってのは完全食なんだ。
野菜、肉、魚介類、穀物が一つのドンブリの中に結集して一つの味を作り上げる……それだけでも大変な事なんだ……。
それを言うに事欠いて“たかが”とはなんだ！ 全国のラーメン職人に謝れっ！」
「ご、ごめんなさい……あたしが間違ってました……」
潤の常軌を逸した気迫に飲みこまれてしまう香里。
「わかればよろしい……で、手打ち麺の良い所はな」
くるり、と向き返って冷蔵庫に向かう潤。
冷蔵庫と言っても、家庭用のものでは無く顔が映り込みそうなステンレスボディの業務用だ。
「スープに合わせて麺の成分を変えたり、形状を工夫できる事だな」
「つまり、麺とスープの組み合わせだけでも完成形が変わるって事か」
「そう言う事だ」
相槌を打ちつつ、冷蔵庫から幾つか大きめのタッパー容器を取り出し調理台に置いていく。
「ここにあるのは昨日のうちに仕込んだブレンドしてない基本のスープ、つまりダシだな……」
「これから皆で味見をしてもらおうかな」
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