次の日。潤はしっかりと登校していた。
「おはよーっす」
「おはよう、北川くん。今日は休まなかったんだね」
珍しく余裕を持って登校してきた祐一と名雪は、道すがらさわやかに朝の挨拶を返し合う。
「うーっす………」
昨日は明らかに食いすぎた祐一は、胃もたれに悩まされながらの登校である事は言うまでも無かろう。
「まぁな、相沢達が帰った後で具の調理済ませて、タレの調合もしてな。それにスープの仕込みも大体終わったし」
「今日こそ……食えるんだろうなァ……」
こんな状態でも、食欲は滾っているらしい。
「安心しろ、準備は万端だ―――最高のラーメン、食わせてやるよ」
笑顔でサムズアップ。その笑顔、まさにやり遂げた漢の顔。
「輝いてやがる……俺よりも、誰よりも、北川が輝いてやがるっ……！ 勝てる気がしねぇ………」
その輝きはメッキなどではなく一日中輝きっぱなしな本物だったが、別に実生活には影響しないので割愛する。
そして、昼休み。
何時もの様に学食で四人並んでの昼食中、潤が不意に口を開いた。
「なぁ、秋子さんにも話しておいてくれないか…試食に来て欲しいって」
「別に良いけどよ……なんでまた」
「秋子さんのラーメンが無かったら、俺はこのときめきに出会えなかった……だからさ」
「恩返しってこと？ それだったら、わたしからお母さんに話しておくよ」
「さんきゅ、水瀬」
「だから、北川くんのイチゴムース、食べても良いよね？」
名雪は、真っ直ぐに穢れ無き瞳で潤に問い掛ける。
そこにあるのは打算では無く―――ただ純粋なまでの食欲だった。
「……ああ」
呆れながらも、潤は素直にデザートのイチゴムースを横滑りに名雪に渡した。
そんなこんなの放課後。
「つーことで、五時半オレの家集合って事で」
「あいよー」
「じゃあ、また後でね」
校門前でいったん別れてそれぞれの帰路につく。
「……さぁて、忙しくなりそうだな」
潤は一人、帰り道で拳を握り締めて呟いた。やらなければならない事は幾らでもあるからだ。
食器の準備に始まり、スープの最終調整、具材・麺茹での準備となまじ本格的なだけにやるべき事は普通の店と同じなのだ。
「ま、なるようになるっしょ……」
気休めとも諦めと取れる言葉を残して、潤は駆け出した―――ただ己が見出した、ときめきを追いかける為に。
そして、運命の刻は来る――――時の流れが止まらぬ限り。
ピンポーン。
軽快な、呼び鈴本来の電子音が居間に鳴り響く。
「来たな……」
その輝きに溢れた心身を包むのは、純白のコックコート。折りたたまれた袖は伸ばさないように、白いエプロンは翻らせないように、雄々しく歩くのが厨房でのたしなみ。
もちろん、特製キノコスープで審査員をトリップさせるなどといった、はしたない中華料理人など存在していようはずもない。
そうだ―――全てはこの時の為に。
全ての料理は、ただ口福のためにあるのだから。
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