Ｓｉｄｅ２・Ｈａｐｐｙ Ｌｉｆｅ
「…………神は死んだ…………」
「文句あるなら食うな」
いやマジで。
なんだかスゲー納得いかない。
一人で使っているはずだが、それにしては大き目のコタツの上に並べられた北川の手料理の数々。
戦々恐々しながら一口食べてみたが、これが美味い。流石に秋子さんには及ばないが。
「つーか及ばれたら首を吊る。精神的に」
「…………何考えてたのか大体わかる台詞だな」
「気にするな」
「嫌だ」
「気にしたら負けだ。敗北は死、あるのみだぞ？」
「何に負けるんだ、何に。不満ならお前こそ餓死しろ」
いつもの調子。俺と北川は押しなべてこんな感じだ。今はそれが酷くありがたい。
「水瀬さんとの喧嘩の原因だが」
「んん？ …………いやちょっと待て！ 何で知ってる！？」
さらりと言いやがって。流すところだったじゃないか。
「ここ数日のお前ら見てりゃ、解るに決まってんだろ馬鹿。……まあとりあえずそれは後回しにしてだ」
「…………あー、いや、後回しにされても」
「うるさい。メシの時間はメシのことだけ考えろ。それが料理に対する礼儀だぞ」
…………相変わらず妙なポリシーを持っている奴だ。何気に的を射てるところがこいつらしい。
「後で聞いてやるから。……ホラ食えソレ食えドンドン食え」
「おう」
とりあえず突き出された山脈盛り（給食のときよくやったな）の茶碗を受け取る。
「…………しかしまあ」
テーブルの上を眺める。
「八宝菜にチンジャオロース、水餃子にミニラーメンと来たか」
「ふふん、凄かろう。お前には無理だよな。恵んでやるからありがたく拝領しろ」
…………ムカつく。しかし美味い。しかしムカつく…………
「顔が憮然としてても、箸は正直よのう？」
「黙って食え、北バカ」
「言われるまでもないさ、アホ沢」
…………ムカつく。
デザートに出された、なにやら小難しい名前のゴマの菓子（発音を聞き返したら笑われた）と中国っぽいお茶（ふぁ、ふぁんちゃん……何？）で一息ついたところで、北川がぽつりと言った。
「バイトの件が原因だろ？」
「…………まあな」
…………図星。
こいつは見かけより鋭い。それにバイトはこいつのツテで紹介して貰ったからな。ある意味当然か。
「まあ想像つくんだけどな。大方バイトバイトで急がしいお前に水瀬が拗ねて、お前も『誰のためだと思ってるんだ』的思考が滑り込んできて、つい大人気なく大喧嘩。飛び出したはいいがアテもなく、しかし今家に帰ると水瀬は帰ってきてるかもしれない。自己嫌悪に陥りつつも、どーもイマイチ踏ん切りがつかず――――」
北川は馬鹿にするように笑って、
「他に男友達がいない相沢君は、今ここにいるわけだ」
「…………うるさい」
片っ端から図星だ。故に腹が立つ。
「一言いいか？」
「駄目だ」
「お前はアホだ」
「人の話を聞きやがれ」
…………んなこと解ってるさ。
「つーか、あんまり自然に言うもんだから流してたが、何でお前、俺が名雪の」
「遊ぶ金が欲しいくらいで、働くなんて面倒くさい事しないだろ、お前」
「…………うぐぅ」
「死ね」
意外にキツいツッコミだった。
ため息を吐く。
「…………どうしてこうなんだろうな、俺は」
「ま、よくもった方だと思うぜ。水瀬も、お前も。“いつも一緒”がお前たちの基本だしな」
基本スタンスからはみ出てる時間が長ければ、いずれは破綻が来るもんさ――――
北川はそう言って笑う。
「説得力があるな、お前が言うと」
「…………そうか？」
「そうさ」
一年前もお前はそうだった。当時は正直、根性のない奴だとか見当違いなことを考えたりしたものだけど。
「お前は距離をとるのが巧いもんな。――――あ、褒めてんだぜ一応」
「そうは聞こえないぞ」
「いやマジ。お前はいつも――――ありがたい距離にいてくれるからさ」
お前は踏み込んできて欲しくないところには決して踏み込まずにいてくれた。助けて欲しいときには何も言わなくても助けてくれた。そう、何も聞かずに。そう、今のように。
俺だったら、絶対に無理だ。そんな距離は、もどかしくて仕方がない。
「どーかな…………俺の距離感は臆病の産物だからなー」
「そうだとしても、だ。例えそうだとしても、――――俺はお前が親友でよかったよ」
視線の先で、北川は顔を紅くして照れた。
「らしくないぞ、相沢」
「全くだ」
つーか、自分で言っといて照れる…………
「ま、まあ、それはともかくとしてだ」
「お、おう」
あからさまに話題を逸らす北川に、俺も乗る。
正直こういう空気は勘弁して欲しい。
「結局、金貯めて何するつもりだったんだ？」
「当ててみろ」
空気を戻すために、いつものように馬鹿をやる。
「婚約指輪」
「…………」
「そうでなくても、それに類するモノ」
「……………………」
「ん？ 間違ってたか？」
「………………………………正解です」
…………くそぅ。凄いカウンターをもらってしまった。
やっぱりか、と北川は頷く。
「具体的にはフォーチュンリングだ」
「ふーん。一言いいか？」
「駄目だ」
「お前はアホだ」
「人の話を聞きやがれ」
だから解ってるっつーの。
「水瀬はそんなもの欲しくないだろうよ。少なくともソレを買うためなんかに、離れて行って欲しくはなかっただろうさ」
「ほんの少しの間なんだけどな…………」
我ながら言い訳じみた台詞に、北川は呆れたように首を振る。
「時間なんか問題じゃない。それはお前が一番よく解ってるはずだろう？」
「…………ああ」
「辛かったんじゃないか？ お前も。水瀬との時間が減る事が。水瀬に秘密を作る事が。水瀬を――――悲しませている事が」
「…………ああ」
「所詮な、無理な話なんだよ。たかが“指輪”が水瀬の“お前”に勝つ事なんか。そしてその逆も」
「…………ああ、そうだな」
「一言、いいか？」
「――――ああ、頼む」
「お前は、アホだ」
「そうだな――――解ってなかったんだな、俺は」
さあ、と北川は言った。
「これ以上アホで居たくないんなら、さっさと謝れ」
「ああ……でもな、まだ金が貯まってないんだ」
「…………まだそんなこと言ってんのか」
「いや、そうじゃない。謝って、それから、もう少しだけ待ってもらえるように頼もうかと――――」
「違げーよ。まだそんなこと言ってんのか？ まだ一人でどうにかするつもりか？」
どういう意味だ？ と聞き返すと、北川は呆れたように肩をすくめた。
「貸してやる」
「…………は？」
「だからいくら足りないんだ。それぐらいは貸してやるよ」
「…………い、いや、そんなことさせるわけには――――」
「うるさい。まだ解んねーのか」
時間は問題じゃないと言ったろ。お前まだ水瀬と自分を苦しめる気か。
それともやめるか？ いままで苦しんで苦しませた時間を無駄にして？
却下だ。そんなものは。
「ふざけんな――――これ以上俺に嫌な思いをさせるな。俺は、想いがすれ違うのは一番嫌いなんだ」
「…………」
「貸してやる。だからお前たちは」
ずっと、笑ってろ。それが利子の代わりだ。
北川はそう言って、壁の時計を見上げる。
「…………」
「…………まだ七時か。店は開いてるな」
「お、おい、まさか今からか？」
「人の話聞いてろ。俺はもう一秒たりとも、今のお前たちは見ていたくないんだよ」
さっさと行くぞ――――
北川は立ち上がり、箪笥から茶封筒を取り出して、それをジーパンの尻ポケットに突っ込みながらそう言った。
『ありがとうございました――――』
店員の声に見送られながら店を出る。
「…………うーん」
「相沢、お前しつこい」
「そうは言ってもな…………」
やれやれ、とばかりに北川は首を振る。
「いいんだよ。何もやるってワケじゃない。いずれ返してもらうさ。それに、俺だって得するんだから」
「得？」
首を傾げる俺に、北川はにひっと笑う。
「教えてやるよ。明日な。明日、仲直りが出来てれば」
「…………おう」
とりあえず頷く。…………まあ、遠慮はするべきじゃないんだと思うから。
「じゃ、帰るわ…………ありがとうな、本当に」
「気にすんなよ、親友」
「…………言わないでくれ、それ」
「ん〜？ なんで〜？」
にやにやしている北川に、ふと思いついて、カウンターを食らわす。
「…………そんなの当たり前だから、わざわざ口に出すほどでもないだろ？」
「うがっ…………」
紅くなった。ざまあみろ。
こんどは俺の番、とばかりに、にやにやと北川を見返す。
「ええい、このアホ沢、さっさと帰ってしまえ！」
「言われるまでもないさ、北バカ」
予想通りの台詞を叫んだ北川に背を向け、ひらひらと手を振る。
「じゃあな、北川。また明日、学校で」
「……おう。学校でな」
そのまま、もう一言付け足す。
「…………今日はマジ、助かった。本当に、ありがとう」
「…………気にすんなよ、親友」
背後で北川が微笑むのが、何故か解った。
俺はもう一度手を振って、歩き出した。
じゃあな北川。また明日、学校で。今度は、名雪と一緒にな。
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