Ｓｉｄｅ３・Ｓｍｉｌｅ Ｍａｋｅｒ
「親友、かぁ」
何で今更、こんなに嬉しいんだろうな？
「恥ずかしい奴め」
主に俺がな。
『〜〜』
おっと。ジャケットのポケットでマナーモードの携帯が振動する。結構くすぐったくてイイ感じ。
「よう美坂。ナイスタイミングだ。相沢も今帰ったぜ。水瀬は？」
『ええ、こっちも今さっき帰ったわよ』
解りやすい二人だ。帰る時間まで一緒か。
『名雪ね、私が親友でよかったって言ってたわ』
「あー、相沢も言ってた。台詞まで一緒かよ。離れててもバカップルは健在か」
『ふふ、そうね』
「親友でよかった、か」
『ええ、でも…………』
「明日もその台詞、言えるかね？」
電話の向こうで、美坂がくすくすと笑う。
料理の支度中、美坂からメールが来た。内容は『相沢君がそっちに居る？』。
当然、俺の返信も、『ああ、居るぜ。水瀬もそっちに居るだろ？』。
つまりは、まあ、――――そういうわけ。
『ねえ、北川君。今どこに居るの？』
「ん、商店街。相沢の買い物に今まで付き合ってたからな」
『ふぅん。…………そっち、行ってもいい？』
「ああ。情報交換といこうか」
待ち合わせの場所を決め、通話を切る。
「さーてと」
俺は意味もなく呟いて、歩き出そうとして――――止まる。
「…………」
ふと、思いついた。
その考えは、まあ、悪くない。実行も可能なのは先ほど証明できた。
さて？
「…………ま、いいか。どうせ使い道もないしな――――」
言い訳っぽく呟いて、俺は踵を返した。
「お待たせ」
「早いな」
ちょっと驚く。
「走ってきたもの」
「…………危なかった」
なにが？ と首を傾げる美坂に、なんでもないと手を振る。
「食べるか？」
「そうね…………一度くらいは食べてみましょうか」
指で示した先、あゆちゃん御用達のたいやきの屋台を見て、美坂は頷く。
なんでもいいが、この時間までやってて大丈夫なのか？
そんな事を思いながら、美坂と二人、屋台に近付く。
「おう、北ちゃん。いらっしゃい」
「こんばんはー。えーと、あんことクリーム、１つずつください」
「あいよっ。ちょっと待ってな――――」
屋台から少し離れる。ここは作りおきをしないので、ちょっと時間がかかるのだ。その分美味いけど。
「よく来るの？」
「んー、バイトの行きか帰りに、時々な」
そう、と美坂は頷く。
「で、相沢君が忙しい理由は何だったの？」
「バイト。ちょっと前に俺が紹介した」
「アルバイト？ 相沢君が？」
「ああ。…………フォーチュンリングを買いたかったんだとさ」
一秒ほど沈黙。美坂ならその一秒で事情を理解できる。
「…………呆れたわね」
「安心しろ。説教は俺が済ませた。ついさっき現物も買わせた」
「じゃあ安心ね。明日にはバカップル復活、か」
憂鬱そうにため息をつく美坂。
「まんざらでもない所か、ホッとしてるくせに」
「…………うるさいわよ」
北ちゃん、上がったよぉ！
はーい。ありがとうございます。えーと、はい二百円。
毎度ありー。
「ほれ美坂、どっちがいい？」
「あんこ」
「ん」
歩き出しながら、あんこを渡す。
「…………ん、おいしい。ちょっと月宮さんの気持ちがわかるわ」
「だよな」
ちなみに俺は猫舌なのでまだ食べられない。美坂がちょっと羨ましい。
屋台から８０メートルほど離れたところ、自販機の隣。花壇の淵に二人で腰掛け、たいやきを食べる（まだ無理だけどさ、俺）。
「何か飲むか？」
「お茶」
美坂からたいやきの分も小銭を受け取る。別に俺はおごらない。おごって欲しいときはそう言うし。
「レモンティーじゃないんだな」
「貴方はクリームだから、いつものコーヒーでもいいんでしょうけどね」
それもそうだ。
「…………やっと、いつも通り、か」
ビー、ガタン。
「いいや。いつもよりバカップル度は増して、ため息の数が増える事だろうよ」
ビー、ガタン。
「それもそうね。……でも」
「悪くは、ないよな。それも」
ええ――――美坂は嬉しそうに呟いて、お茶を受け取る。
美坂の隣に腰を下ろし、ポケットからさっき買ったものを取り出す。
「ほれ」
「…………？ って、フォーチュンリング？」
「そ」
「どうしたのよ、これ……」
気まぐれだよ、とそう言った。別に嘘じゃない。本当に気まぐれだ。
美坂も俺のそういうところは知っているので、驚きながらも嬉しそうに、
「そう。相沢君に感謝しなくちゃね」
「おいおい。俺が先だろ、俺が」
バカねえ、と美坂は微笑んで、
「してないとでも思ってるの？」
「ありえない話じゃないしな。…………嬉しいか？ 女王陛下（ジ・クイーン）」
「あたりまえよ、笑顔配達人（スマイルメーカー）」
学校で、主に下級生たちが使う俺たち美坂チームの――――なんと言うか、あだ名でいいのか？この場合――――ともかく揶揄するように、そう呼び合う。
「あとこれな。同じ店のワゴンセールで叩き売りしてたチェーンだ」
「？ ……ああ。目印に使うのね？」
流石に察しがいい。
そう――――俺たちの関係は特殊だ。恋人だったり、親友だったり、その日、その時の気分でコロコロ変わる。
だから、親友でいたいとき、このリングは邪魔だ。そんなときは、チェーンに通して首からさげていればいい。
「じゃ、とりあえず今は――――恋人がいいな。そういう気分だから」
そう言って、美坂、いや、香里はチェーンをしまい、指輪を嵌める。
――――よりによって左手の薬指か。いいけどさ。“そういう意味”でも。
もそもそと手袋を外し、その下でひそかに嵌めていた指輪の位置を変える。
「奇遇だな、“香里”」
「ええ、奇遇よね、“潤”」
互いに小さく微笑んで、どちらからともなく口付けを交わす。
心地よい沈黙が流れる。二人とも微笑んで、何をするでもなく星空を見る。
「ねえ、潤」
不意に、香里が言った。
「んー？」
「進路。本当に良かったの？」
「何を今更…………つーかお前、俺に選択肢くれなかったじゃないか」
「嫌がってなかったからね」
「…………まあ、図星なんでいいけど」
あれは傑作だった。今思い出すと笑える。
「何も決まっていないなら、私と一緒に来なさい、か」
「我侭なのよ。私は」
「知ってる」
「…………これからも、ずっと、私を笑わせてくれる？」
「……………………言うまでもないさ」
その気だけは、きっと変わらないよ。
ええ。変わらせないわよ。
二人とも真っ赤になる。所詮俺たちはこんなものだ。
肝心な時にクールになりきれない『ジ・クイーン』と、最後までふざけきれない『スマイルメーカー』。
バカな二人があったものだと思う。互いが互いの、そういうところも気に入ってるあたりが、特に。
「…………それで、決めたの？」
「ああ。小児科がいい」
香里はともかく、まさか俺が医者を目指す事になろうとは。
大学の合格率？ ９０％オーバーだとも。相沢が腰抜かしてたけどな。失礼な奴だ。
「らしいと言えば、らしいわね」
「子供が泣いてるの、見てていい気分しないしな」
別に、いつものノリで適当に決めたわけじゃない。俺も真剣に考えた。
その上で――――悪くない。だから。
「はっきり決めたぞ。俺は小児科医になる」
「そう。――――科は分かれるけど、病院も別になっちゃうかもしれないけれど」
「いいや。少なくとも病院は同じさ」
そう。この町の、病院だ。
「栞ちゃんの件で、ツテがあるんだろ？」
「まあ……大騒ぎだったからね。院長先生とも知り合えたし……」
「大丈夫大丈夫。何なら明日にでも談判して、予約取りに行こうぜ」
「…………ふふ。そうね」
貴方が言うなら、きっと実現できるわね。
して見せるさ、絶対にな。
「不安は、あるわ。正直」
「ああ、俺もだ。流石に」
「でも」
「まあ」
二人だし、大丈夫。
笑いあう。誤魔化しではなく、強がりでもなく、本当にそう思うから。
さっさと話題を終える。深刻になるほどの話ではないのだから。
「じゃ、まずは、あの二人だな」
「ふふ。どんな顔するかしら」
明日を楽しみにしようぜ。
そう言って立ち上がる。
…………あ、そういや、たいやき忘れてたじゃん俺。あーあ、冷めてるよ……
ちょっと凹みつつ、
「じゃ、帰るか」
「……ねえ、潤？」
「ん？」
もじもじ。
「その、潤の家、ついてっても、いいかな……？」
…………時々可愛いよなあ、こいつ。本当に時々なのが惜しいけど。
「よーし、がんばるぞー」
「なにをよっ！？」
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