5.
「……私の事なんてどーだっていいでしょ。それより、早く行ったげなくていいの？」
「何に行くって言うのよ！？ 水瀬さんはどこ行ったの？ ふざけないでよ！」
バカって言うのがバカなのと一緒。ふざけてるのは言ってる自分だって、ぶり返してきた感情に負けたあたしが解るはずなかった。
「あのね、まずは人の話聞けって感じなんだけど。私はさっきの男と"もう"何も関係ないから」
「はあ？ 今更なに言ってるの？ 訳わかんない。そんな事よりさっさと――」
「"関係ない"って言ってんだろ。そんなにさっきの子が大切なんだったら、ウダウダ言ってないで話聞けや！！」
「あ……」
何だろ、この乱暴な言葉。本当に目の前にいる人は、あたしと同姓なのだろうか。
……散々水瀬さんに暴言を吐いたあたしが、今更言えるような言葉じゃないか。
「冷めたの。あんたらみたいなのに大の男が何ムキになってんのって感じ。そりゃ缶飛ばされた時はムカついたけど、よりによってあんたらみたいな冴えない女の子にあそこまでハッキリ言われちゃうとさ、怒るも呆れるも通り越しちゃってね。かえって面白かった。でも、バイクのケツでそれ言ったらアイツマジ切れちゃって。振り落とされるかと思った」
腕を組んでいるのか、よく解らない。だけどあたしに対して高圧的な態度を取っているのだけは、何となく解った。
あたしはそのまま耳を傾ける。少なくとも虫の声を聴いてるのよりは興味深かったからだ。
「んで、こんな山の中で降ろされちゃってね。どうしようもなくて、さっきのコンビニで時間潰そうとしたんだけど。そしたら何か聞こえてきて、何かと思って近付いてみればあんたらで。
ケンカでもしてるのかと思えば、いきなりそばから誰か出て来て、一人道端に連れ込まれて。私にもよく解んなかったってのが正直な所」
「連れ、込まれた……？ 誰が？」
余計な会話は交わしたくなかったが、どうしてもその部分を訊かずにはいられなかった。
「わかってるでしょ、さっき謝ろうとしてたコ。どうせあんたにはビビってたんだろうね、だから大人しい方を選んだ、と」
「でも、そしたら声の一つくらい、普通は……っ」
「"そのコは何も言わなかった"って、前にいたあんたが一番よく知ってるはずだけど」
声色一つ変えずズケズケ言葉を吐き捨てるその態度に、あたしは苛立ちを隠せない。
今日、一体何度腹を立てれば気が済むと言うのだろう。
「一人だと思うよ。バカみたいに派手なジャンパー着てるから、アレはどう見たってアイツだし。それだったら大丈夫、あんたが心配してるような事にはならないと思うけどな」
「何憶測でモノ言ってるの！？ 男にそんな理屈通用するわけ――」
「私一人押し倒せないような奴に、そんな度胸あると思えないし。背も小さければ肝っ玉も小さい。でもまあ嫌いじゃなかった。母性本能ってヤツ？
でも化けの皮はがれちゃったみたい。あんた達のおかげで。違うトコロはいつまでも皮被ってそーだけどね」
"水瀬さんを探す"
それが、今すぐにあたしのするべき行動。何でこんな事に気付けなかったの？ こんなトコでノンビリ話してる暇なんてある訳ない。責任とかそんなの関係ない！
こんな真夜中の山中――チキンが向かうとしたら明かりのあるコンビニの裏辺りじゃないかって、駆け出した足にそんな言葉が後ろからついて来た。
明るいところに連れ込むなんて、そう言う意味では矛盾してる男の行動に、幾ばくか安堵を覚える。
あたしは、たった一つの言葉を"そいつ"に言う為、ふと足を止めた。
「ありがとう」
道路脇の草むらに分け入り、深く雑草が生い茂った道無き道を進む。もちろん、そこではいくら闇雲に走っても、水瀬さんに近付かない限りは "一歩も進まない"
あたしはこんな時だからこそ冷静になろうとした。良く見ると上手い具合に踏み荒らされた道が残っている。"彼女"が言ってくれたように、それはさっきのコンビニの明かりに誘われるよう伸びていた。
光に誘われるまま、甘い汁を求める為だけに行動する。まるでその辺に飛んでる虫そのものだ。
いきなりバイクでどこまでも逃げ切るような、頭も度胸も無い奴で良かった。学校の体操服着た女子生徒連れ去ればそれこそオオゴトだから、警察沙汰になるのが怖かったんだろう。
異性を自分の手に抱いてそれでも自制の効くような奴なら、最初からこんな事しないはずだけどね。
「……バーカ」
小さく、"誰か"からそんな声が聞こえてきたような気がする。
言われても当然のような気がした。友達の女の子一人気遣えなかった、大バカ者のあたしにとっては。
あたしは、とっさに思いついていた。
いくら虚栄を張ってるだけの小さな人間でも、男一人をマトモに相手するのはいくらなんでも分が悪い。
だから――
「こっち見なさい、変態ッ！」
男と水瀬さんを発見し、間髪居れず叫んだ途端、あたしはフラッシュを焚いてカメラのシャッターを切った。
一瞬であたりに広がる閃光が、男の視覚を奪う。ただの一瞬だけでもいい、相手を怯ませる事が出来れば。
光の中、あたしは道標を記した。
男に聞かれたって構わない。だけど水瀬さんには必ず届くよう、ガムシャラになって叫んだ。
「水瀬さん、同じモノ持ってるでしょ！？ さっきノブは回してたはずだから、続けて！」
左手を掴まれながらも、水瀬さんは強烈なフラッシュを相手の顔めがけて浴びせ掛ける。
甲高い叫び声が耳を貫いた。水瀬さんから男の手が離れた瞬間、あたしはすぐさまその手を掴む。
「この写真が引き換えよッ！ 追って来さえしなければ、あんたの顔なんか二度と見たくないから、フィルムなんて焼き捨ててあげるわ！」
無我夢中になって、あたし達は逃げた。
最後に吐き捨てたセリフが、少しでも効果的に働く事を祈って。
どの位、走っただろうか。
安全なハズの宿舎まで、大した距離は無いハズなのに。ちっともゴールが見えてこないような幻覚に囚われてしまう。
水瀬さんと出会った場所――さっきは誰も来なかった事で、あやふやな安心の証明を得ている場所。
そこに張られたゴールテープを切った時、地べたにも関わらず、あたしは両手両膝を地に付け何度も謝罪を繰り返した。
コレ以外の行動を起こす理由が、何も、見付からなかったからだ。
あたしの謝罪にどれほどの意味があるのかなんて、解んないけどね。
水瀬さんは落ち着いていた。見付けた時だって何かされていた訳でもないし、着衣の乱れもない。
気休めを自分に聞かせるとしたらそんな所だった。
水瀬さんだってこう言ってくれている。『引っ張られる方が余計に辛い』、そんな感じの言葉を。
だったら、今こうして頭を下げるあたしは、一体何なんだろう――？
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